監査基準報告書530研究文書第1号
監査と統計サンプリング
1 9 8 4 年 1 0 月 8 日 改正 2 0 2 2 年 1 0 月 1 3 日 日 本 公 認 会 計 士 協 会 監査・保証基準委員会 (研究文書:第4号)
まえがき
本研究文書は、日本公認会計士協会会長の同監査第一委員会に対する諮問「監査実務に おける統計サンプリングの手法について研究されたい。」により、同委員会統計サンプリ ング小委員会のもとで続けられてきた研究活動の一応の成果である。
本研究文書は、一般に公正妥当と認められる監査の基準を構成するものではなく、会員 が遵守すべき基準等にも該当しない。また、1984年10月8日時点の最新情報に基づいてい る。
最近のEDPの企業事務処理への急速な浸透には目を見張るものがあり、こうした監査 環境の変化に対応して、我が国の監査実務においてもEDPを利用した監査技術が広範に 採り入れられつつある状況にある。しかしながら一方、監査が一般的に、なお、試査によ り実施されていることに大きな変化はなく、こうしたなかにあって、試査項目(サンプル) の抽出、試査結果の監査意見への反映といった局面では、その監査人の専門的能力と経験 に基づく判断にのみ依存しているのが我が国監査実務界の現状であろうと思われる。監査 人の専門的能力と経験に基づく判断にのみ依存する試査を本研究文書では、非統計サンプ リングによる試査と呼ぶが、一方、試査項目(サンプル)の抽出や、試査結果の評価に、 統計学の確率論を応用してより客観性のある判断材料を監査人に提供する方法を統計サン プリングによる試査と呼んでいる。第1章において、統計サンプリングと非統計サンプリ ングの歴史が詳しく述べられているが、もとより非統計サンプリングを否定しようとする ものではなく、統計サンプリングの利点、監査への具体的な適用方法、理論的背景となる 統計学的知識についての説明を通じて、広く統計サンプリングの有用性に理解を得ようと するものである。
現在、我が国監査実務で統計サンプリングが利用される例が少ないのは、統計学理論に 対するとっつきにくさと相まって、監査実務への適用のための適当な参考文献が少ないこ とで、適用方法が具体的に理解できず、一般的に定着をみないままになっているという背 景が相当あるように思われる。こうした背景を踏まえて、本研究文書では、形式も問答形 式として相当高度の理論も含めながら、できる限り平易な記述となるよう試みられており、 より多くの監査人が統計サンプリングを実務に適用する契機になればという期待が込めら れている。
統計サンプリングが我が国の監査実務において十分に活用されるようになるまでには、 まだ、相当の年月を要するであろうが、多くの監査人に多くの場面で適用が試みられるう ちに、統計サンプリング手法の研究も一層の進展をみることであろう。今回の研究文書は その意味で端緒についたばかりといえよう。
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最後に日本公認会計士協会執行部の方々の御協力に対して感謝の意を表するとともに、
この研究に携った者の氏名を以下に記しておく。
監査第一委員会 委員長 広田 潤 前副委員長 松本 伝 統計サンプリング小委員会 小委員長 黒須 静夫 専門研究員 川口 勉 同 小早川久佳 同 白井 秀男 同 高須賀 劦
目次 第1章 統計サンプリングの概要 1-1 統計サンプリングの概念について説明してください。 1-2 統計サンプリングの利点について説明してください。 1-3 統計サンプリングの手法にはどのような種類がありますか、簡単に説明してくだ さい。 1-4 統計サンプリングの具体的な手順について説明してください。 1-5 統計サンプリングを実務に適用する場合、どのような点に注意を払う必要がある でしょうか、説明してください。 1-6 統計サンプリングに関する歴史的な経緯について、日米を比較して説明してくだ さい。 第2章 統計サンプリングの基礎知識 2-1 属性サンプリングの統計学的知識 2-1-1 母集団の誤謬が抽出されたサンプル中に含まれてくる確率について説明して ください。 2-1-2 サンプルの誤謬率から母集団の誤謬率を推定することが、どうして可能なの か具体的に説明してください。 2-1-3 二項分布について説明してください。 2-1-4 過誤棄却リスク(αリスク)と過誤採択リスク(βリスク)について説明し てください。 2-1-5 信頼度と精度について説明してください。 2-2 理論変数サンプリングの統計学的知識 2-2-1 平均値について説明してください。 2-2-2 標準偏差について説明してください。 2-2-3 正規分布について説明してください。 2-2-4 サンプルから母集団を推定することはどうして可能ですか。 図:サンプルから母集団を推定するには 2-3 サンプルの抽出方法 2-3-1 サンプルを抽出する方法としては、どのような方法があるのでしょうか。 2-3-2 乱数表を用いた無作為抽出の簡単な具体例を説明してください。 2-4 サンプリング・エラー 2-4-1 サンプリング・エラーとはどのようなものですか。 第3章 属性サンプリング 3-1 属性サンプリングとはどのようなものですか。 3-2 属性サンプリングの手順を簡単に説明してください。 3-3 属性サンプリングと内部統制の調査及び残高監査手続との相互関連性について説
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明してください。 3-4 エラーとは具体的にどのようなものか、また、サンプリング・テスト終了時にど のようにエラーに対処すべきですか、説明してください。 3-5 母集団の決め方について説明してください。 3-6 信頼度の決定について説明してください。 3-7 1回抜取りサンプリングとはどのようなものですか、簡単に説明してください。 3-8 逐次抜取りサンプリングは経済的な手法と言われていますが、どのようなものか 簡単に説明してください。 3-9 発見サンプリングについて説明してください。 3-10 採択サンプリングについて説明してください。 3-11 1回抜取りサンプリングの実例を示してください。 3-12 属性サンプリングの実施上のポイントを箇条書きに示してください。 第4章 理論変数サンプリング(推定サンプリング) 4-1 変数サンプリングとはどのような方法ですか。 4-2 推定変数サンプリングはどのような手順で実施されますか。 4-3 推定変数サンプリングを実例で示してください。 4-4 誤差法の計算例を示してください。 4-5 誤差率法の計算例を示してください。 4-6 推定変数サンプリングにおけるサンプル数はどのようにして計算されますか。 4-7 層別サンプリングについて説明してください。 4-8 層別サンプリングを計算例により示してください。 4-9 層別サンプリングにおける必要サンプル数の計算について説明してください。 第5章 理論変数サンプリング(監査リスク検定の理論モデル) 5-1 勘定残高の当否の検証テストに理論変数サンプリングを利用する場合の一連の手 順を示してください。 5-2 許容過誤採択危険率とは何ですか。それはどのように決定されるのですか。 5-3 内部統制の有効性の評価はどのように数量化したらいいのですか。 5-4 分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価はどのように数量化するのですか。 5-5 許容精度はどのように決定されるのですか。 5-6 検証テスト実施結果の評価方法について説明してください。 5-7 監査リスク検定に適用した理論変数サンプリングの計算例を示してください。 第6章 確率比例サンプリング 6-1 確率比例サンプリングの目的と前提条件について説明してください。 6-2 確率比例サンプリングの基本概念について説明してください。 6-3 確率比例サンプリングの手順について説明してください。 6-4 確率比例サンプリングのパラメーターの決定方法について説明してください。 6-5 確率比例サンプリングのサンプル抽出方法について説明してください。 6-6 系統的確率比例サンプリングのサンプル抽出手続を具体例により説明してくださ い。 6-7 確率比例サンプリングの評価方法について説明してください。 6-8 確率比例サンプリングの評価方法を簡単な設例をあげて説明してください。 6-9 確率比例サンプリングの評価の結果、修正後上限精度が予想以上となった場合に、
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監査人はどのように対処したらよいですか。 6-10 確率比例サンプリングの長所と短所について説明してください。 6-11 確率比例サンプリングの計算例を示してください。 付録 Ⅰ 採択サンプリング(抜取り検査)の方法 Ⅱ 監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」(Audit Sampling) の概要
第1章 統計サンプリングの概念
1-1 統計サンプリングの概念について説明してください。
現在広く行われている財務諸表監査は、内部統制の整備と、それに基づく試査とが大前 提になっています。企業の取引規模の拡大等に伴い、精査は物理的にも、また経済的にも 不可能な状況に至っています。
試査を行うためには、まず監査対象のうちからサンプル(標本という場合もある。)を 抽出し、次にそれを厳密に調査し、その結果から監査対象全体の当否を推断するわけです が、このような過程において、監査人の専門的能力と経験とに基づく判断に主として依存 するか、それとも統計学上の確率論を応用したサンプリング手法によって算出される結果 を判断の材料にするかという2つの方法が考えられます。後者は、統計サンプリング(S tatistical sampling)であり、したがって、前者は、非統計サンプ リング(Non-statistical sampling)ということになります。 Statistical samplingを統計的試査と訳す場合もありますが、サン プリングは試査の概念よりも更に具体的な技術的性格が強いため、ここでは統計サンプリ ングと呼ぶこととしたものです。
サンプリングの始まりは非統計サンプリングであり、統計サンプリングは非統計サンプ リングの欠点を補う役割をもって生まれてきたものとみることができます。すなわち、非 統計サンプリングにおいては試査範囲の決定及び調査結果につき、監査人の経験的判断が 重要な部分を占めるため、それに関する客観的な判断基準を第三者に明らかにすることが 困難な場合が多いといえましょう。そのため、例えば、監査人の責任が問われるような係 争事件が発生した場合、みずからの正当性を立証することに多大な労力を必要としがちで す。 これに対して統計サンプリングでは確率論にのっとることにより、どの程度の割合のもの をサンプルとして抽出し、しかもどの程度それが正しければ母集団全体を正しいと推定し て差し支えないかという点についても、ある程度までは一般的な基準を設けることが可能 ですし、そのような推定が誤りを生む危険率についてもあらかじめ測定しておくことがで きます。
しかしながら、母集団を満足なものとして採択し得るかとか、サンプルの誤謬率をどの 程度まで許容し得るかといった重要な点については、統計サンプリングといえどもなお依 然として監査人の専門的能力と経験に基づく判断が要求されます。その意味では統計サン プリングも、非統計サンプリングとまったく離れたところに存在するものではないといえ ましょう。
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1-2 統計サンプリングの利点について説明してください。
統計サンプリングの利点として、客観性、経済性及び正確性をあげる場合がしばしば見 受けられます。しかし、それでは非統計サンプリングは客観的でないのかとか、経済的で ないやり方なのかと問い直してみると、必ずしもそうとは言い切れないでしょう。非統計 サンプリングにも優れた利点が多く、統計サンプリングの先進国である米国でも、近ごろ では非統計サンプリングを見直す傾向も出ているようです。
実務的には、ケース・バイ・ケースで統計サンプリングと非統計サンプリングとが、適 宜使い分けられることでしょうから、ここでは非統計サンプリングと対比しながら、統計 サンプリングの利点を次の3点に要約してみました。 (1)設問1-1でも述べましたが、統計サンプリングの大きな特色は、サンプルの大き さやその監査結果に対する信頼度等をすべて統計学上の確率論に基づき、数値によって明 らかにすることができるところにあります。そのため、例えば、監査人は第三者に試査範 囲決定の過程を説明することが容易であり、訴訟等に際しても自己の正当性を主張するた めの有力な手段になります。 非統計サンプリングは監査人の経験に依存して成り立つものであるため、試査の過程を第 三者に説明するには、説明を受ける側も同程度以上の経験を有していないと容易ではあり ません。これに対して統計サンプリングでは、確率論に基づく数値をもってすべてが説明 でき、説得力を有することになります。 また、監査時間や監査費用の見積りに際しても、被監査会社に対して試査範囲の妥当性や 必要性を主張するために役立ちます。 (2)経験の乏しい監査人が経験的判断を行うことは、文字どおり合理的でありません。 非統計サンプリングは監査人の経験に依存する部分が大きいので、むしろ統計サンプリン グにより母集団の良否を判断する方が監査人の危険は少ないといえましょう。つまり、監 査人になりたてのスタッフが監査に従事する場合には、統計サンプリングのように一定の 数値に従って作業を進めていくことで、経験の蓄積に基づく判断を必要とする領域を狭く することが可能となります。 (3)非統計サンプリングは監査人の経験に基づく判断に依存するところのものですが、 長期間それが継続して行われていると、判断にある一定の片寄りやくせが生じてくる場合 があります。これに対して統計サンプリングにはそれがありません。 例えば、サンプルの無作為抽出は統計サンプリングには欠かせませんが、それを行うこと により、母集団全体のどこからでもサンプル抽出の可能性があり、有意抽出に基づく非統 計サンプリングに生じがちな片寄りがないため、被監査会社に対して心理的に影響すると ころは大きいといえましょう。なぜなら、有意抽出であれば、被監査会社は監査人の長年 にわたるある一定のくせを察知することは可能で、事前にその部分だけには不正や誤謬を 含ませないようにしておくといった準備が不可能ではありませんが、無作為抽出の場合、 抽出されるサンプルを事前に予想することは不可能です。逆に言えば、非統計サンプリン グの場合でもサンプルの抽出には無作為抽出の技法を用いたり、有意抽出でもその基準が 被監査会社に察知されないような配慮が必要といえましょう。
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1-3 統計サンプリングの手法にはどのような種類がありますか、簡単に説明してくだ さい。
統計サンプリングの手法は、これを次のように分類することができます。
(1)属性サンプリング(Attribute sampling) ① 層性推定サンプリング(Estimation sampling) a 1回抜取りサンプリング(Fixed-sample-size sampling) b 逐次抜取りサンプリング(Stop-or-go sampling) ② 発見サンプリング(Discovery sampling) ③ 採択サンプリング(Acceptance sampling) (2)理論変数サンプリング(Variable sampling) ① 無層化サンプリング(Unstratified sampling) ② 層別サンプリング(Stratified sampling) ③ 集落サンプリング(Cluster sampling) ④ 多段抽出法(Multistage sampling) (3)確率比例サンプリング(Probability-proportional-t o-sample-size sampling)
内部統制の運用状況を調査する場合、すなわち、準拠性テストでは、主として属性サン プリングの手法が用いられます。この方法は、母集団のある属性の頻度(例えば、誤謬率 等)を推定する目的で開発された手法で、製造業における品質管理に古くから使われてい た考え方を監査に応用したものです。
属性推定サンプリングは、抽出したサンプルのうちの誤謬数をサンプル数全体で除して サンプルの誤謬率を計算し、これによって母集団全体の誤謬率を推定する手法です。例え ば、母集団に含まれている誤謬率を、あらかじめ定めておいたある一定の信頼度の下で 「2%から10%の範囲内にある」といった推定を行う方法で、監査において広く用いら れています。
発見サンプリングは、母集団の中には不正等のある特定の重要な誤謬が含まれているも のとして、監査人がそこから抽出したサンプルの中に少なくとも当該誤謬の一つは発見で きる確率を計算する方法です。ですから、前述の属性推定サンプリングの手法に比して、 その利用範囲は制限されたものとなるでしょう。
採択サンプリングとは、あらかじめ信頼度と最大許容誤謬率を定めておき、サンプル中 の誤謬が一定数以下であれば母集団を妥当なものとして採択し、逆に一定数以上の場合に は母集団を棄却する方法です。採択するということは監査上妥当なものと認めるというこ とですが、棄却するということはあらかじめ定めた最大許容誤謬率を上回る誤謬の含まれ ている可能性が高いということですから、試査の範囲を広げて、場合によっては精査によ って、誤謬の額や数を確かめなければならないわけです。これは品質管理の分野で特に広 く用いられている抜取り検査の手法を応用したものです。
理論変数サンプリングは、主として金額推定のために用いられる手法です。例えば、売 掛金や棚卸資産の総額を推定し、会社が貸借対照表に計上しているそれと比較して大きな 差がないことを確かめたり、ある勘定の中に含まれている誤謬の総額を推計して、それに 重要性がないかどうかを確かめる方法として用いられるため、実証テストに適していると いえるでしょう。
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無層化サンプリングでは、母集団全体からサンプル抽出が行われるのに対し、層別サン プリングでは、母集団をいくつかの階層に区分して各層ごとにサンプルを抽出します。ま た、集落サンプリングは、サンプルを一定数ひとまとめにして抽出するところに特色があ ります。多段抽出法は、母集団をいくつかの段階に分けて、その段階ごとにサンプル抽出 範囲を決めていく方法です。
確率比例サンプリングは、比較的最近開発された手法です。基礎にある統計理論は、属 性サンプリングのそれと同一のものですが、監査における適用としては、もちろん属性サ ンプリングの場合と同じく準拠性テストにも用いられますが、主として、実証テストに用 いられることが多いため、監査技法としては理論変数サンプリングと同種のものとして取 り扱うこともできます。というのは、確率比例サンプリングでは、母集団の大きさに比例 したサンプル単位を抽出し、母集団に含まれている最大誤謬額を計算する方法だからです。 なお、これらの詳しい内容は後述していますので、それを参照してください。
1-4 統計サンプリングの具体的な手順について説明してください。
統計サンプリングは、試査範囲の決定からサンプル調査の結果によって母集団全体を評 価するまでを確率論に基づく数値によって測定することができます。サンプル調査で母集 団の何を知りたいかによって若干の相異はありますが、その具体的な手順はおおよそ次の ようになります。 (1)母集団を明確に定義し、かつ監査目標を定めます。 これは、例えば、ある1か月分の売上伝票を母集団として定め、これに統計サンプリング を適用して売上高が社内諸規定に従って正しく計上されているかどうか、販売取引に関す る内部統制が有効に機能しているかどうかを確かめる、といったことです。 (2)母集団から抽出すべき必要なサンプル数を計算します。 統計サンプリングにおいては、確率論に基づいて、母集団の最大許容誤謬率(金額)及び 試査によることの最低の信頼度を定め、これらの要素から抽出すべきサンプル数を計算し ます。誤謬率(金額)を大きくすればするほど、あるいは、信頼度を下げれば下げるほど 抽出すべきサンプル数は少なくて済みますが、それだけに監査結果に対する信頼度は低下 します。 (3)サンプルの抽出方法を決定し、それに従って抽出を行います。 非統計サンプリングと異なり有意抽出は行われず、無作為抽出(Random samp ling)の手法が用いられます。詳しくは後述します。 (4)抽出されたサンプルについて綿密な調査を行い、その誤謬率等を集計します。 これは非統計サンプリングの場合と同様で、あらかじめ定められたチェック・ポイントに 照らし、サンプルが適当なものであるか否か等を綿密に調査します。その結果として、例 えば、サンプルの誤謬数を集計し、誤謬率を計算します。 (5)サンプル調査の結果から母集団全体を評価します。 評価の方法は、当初に定めた監査目標に応じて選択した統計サンプリングの手法によって 異なります。例えば、母集団を満足し得るものと推定して採択したり、あるいは、不満足 なものとして棄却する方法(この場合には監査計画を修正し、調査範囲を拡大し、場合に よっては精査により誤謬の正確な総額等を確かめます。)や、あるいは、母集団に含まれ る誤謬率や誤謬金額を推定する方法等もあります。推定計算の結果はある一定の精度の範
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囲内にあることが確率論に基づいて計算されます。
1-5 統計サンプリングを実務に適用する場合、どのような点に注意を払う必要がある でしょうか、説明してください。
(1)監査対象が母集団たり得るものであるためには、調査の対象となる事項に対して集 団の性質が均一ないし均一に近いことを必要とします。このため監査に当たっては、統計 的試査の適用範囲はおのずからある種のものに限られざるを得ません。すなわち、統計サ ンプリングは取引記録の監査(準拠性テスト;Complience test)に最も 適用可能といえます。それは日常の会計処理業務が正しく行われているかどうかの検討を 内容とするものですが、そのような日常の会計処理業務はもともと大量かつ反復的に行わ れるのが一般的であり、そこに定型的な処理が行われていることを期待でき、したがって、 それらを母集団として取り扱うことが可能になるからです。
同様に、売掛金や棚卸資産といった勘定残高の監査(実証テスト;Substanti ve test)についても適用可能です。多数の得意先口座を持つ売掛金や、多種の在 庫品を抱える棚卸資産の残高推定等を行う技法は、早くから開発されています。 (2)統計サンプリングの効果を高めるためには、事前の準備を十分に行っておく必要が あります。例えば、新聞等による被監査会社及びその業界に対する概括的な理解、現場視 察等による印象、フローチャートの見直しによる注意すべき点の発見等に基づいて、統計 サンプリングの対象及びその際のチェック・ポイントを設定していくことが大切です。
抽出したサンプルについて、何をもってこれをエラー(誤謬)とみるかということは、 監査目標や発生可能性等を十分に考慮して決めなければなりませんが、できる限り明確に 定義しておくべきでしょう。監査の途中からこれを変更することはできませんから、事前 の準備が大切です。 (3)監査対象によっては非統計サンプリングの方が合理的な場合も多いと考えられるの で、当然に統計サンプリングと非統計サンプリングとの併用が必要になります。統計サン プリングを適用すべきか否かの判断は監査人にゆだねられたものですが、統計サンプリン グを適用する場合でも、後述する「信頼度」(reliance level)や「精度」 (precision)の決定は個々の状況に応じて異なり、あらかじめ一定に決めてお くことはできません。そのため、それらを判断するためにも、監査人にはある程度の統計 学の基礎知識が望まれるところです。また、母集団の範囲はあらかじめ明確に定めておく 必要があり、もちろんそれは大きければ大きいほど経済性が発揮されます。 (4)統計サンプリングは、調査そのものよりも調査すべきサンプルの抽出に手間どりや すいものです。無作為抽出が必要なため、主として乱数表が用いられることが多いためで もありますが、監査人の手作業では時間的にも限界があり、かえって不経済なものとなり かねませんので、その点十分注意して、できる限り被監査会社のEDPシステムを活用す ることを心掛けるべきです。母集団が非常に大きい場合や被監査会社がEDP化されてい る場合等では、その必要性が顕著です。 (5)統計サンプリングは監査意見形成のための一つの技法にすぎません。その結果は他 の監査手続によって得られた結果と総合して判断すべきであって、統計サンプリングから の結論だけに片寄らないことが大切です。特に、統計サンプリングは内部統制が有効に機 能しているかどうかを確かめる場合等に特に効果的であり、母集団の中に含まれている異
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常項目、例えば、不正等の発見を当初からの目的として用いることは効果的でない場合が 多いといえましょう。むしろそれらの発見には別の手続を用いる必要があります。さらに、 統計サンプリングの結果、例えば、内部統制に問題点が発見された場合にはそれによる影 響を考慮して、現実に不正や誤謬が発生していないかどうかを確かめるための補足的な手 続を必ず適用しておく必要があります。
1-6 統計サンプリングに関する歴史的な経緯について、日米を比較して説明してくだ さい。
米国において最初の公式見解として発表されたのは、1962年に米国公認会計士協会 (AICPA)統計サンプリング委員会による「統計サンプリングと独立監査人」(St atistical Sampling and the Independent A uditor)であり、ここでは、一般に認められた監査基準の下で統計サンプリングの 使用が容認されるとの結論に達した旨の報告を行っています。
1963年に公表された監査手続書第33号「監査基準と手続」(Auditing S tandards and Procedures)でも、「監査人はある特定の状況下 では統計サンプリングを用いることを考慮するであろう。」と述べ、続いて1974年に 公表された監査基準書(SAS)第1号第320節の付録Aは、統計サンプリングに関す る先駆者的役割を果たす結果となりましたが、やはり統計サンプリングを条件付きながら 積極的に活用していくべきことを内容とするものでした。
これらの後も、公式の報告書は数多く出されていますし、また実務の中にも広く深く浸
透しています。
最近では、1981年にAICPA監査基準委員会から監査基準書第39号「監査にお けるサンプリング」(Audit Sampling)が公表されていますし、その実務 的なガイドブックとなる「監査におけるサンプリング」(Audit Sampling) も1983年に同小委員会から公表されています。これら2つの報告書により、従来から あった諸々の報告書は発展的に吸収されるかたちになっています。監査基準書(SAS) 第39号については、本研究文書の末尾に付録として、その概要を述べていますが、サン プリングに関する理論モデルを提示していることで注目されています。
これに対して、我が国の公式の機関による報告書において統計サンプリングが採り上げ られた例はほとんどありませんでした。わずかに日本公認会計士協会から公表された「組 織的監査要綱」(昭和54年6月28日)において、試査範囲の決定に関して、「類型を 同じくする一群の監査対象の中から試査対象を抽出する場合は、有意抽出による方法のほ か、無作為抽出による方法を適用する。」とし、その注書きで、「無作為抽出による試査 とは、監査対象全体の中から乱数表等を用いて試料(標本)を抽出し、それを調査した結 果をもって監査対象全体の信頼度を数理的に推定する方法をいう。」と述べているにすぎ ません。ほかに統計サンプリングに関して言及している報告書はなく、また「組織的監査 要綱」においてもこれ以上具体的には述べていないため、基本的には統計サンプリングを 必要としながらも、その具体的な指針の公表が待たれていたということができましょう。
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第2章 統計サンプリングの基礎知識
2-1 属性サンプリングの統計学的知識
2-1-1母集団の誤謬が抽出されたサンプル中に含まれてくる確率について説明してく ださい。
1.設例
統計サンプリングの理論的な側面を理解するために、簡単な設例によりこれをみていき ましょう。今、母集団を5枚の伝票と仮定し、そのうち3枚は白伝票、2枚は赤伝票であ るとします。ここでいう赤伝票とは赤色の伝票という意味ではなく、誤謬を含んでいる伝 票と解していただきます。したがって、白伝票とは誤謬を含まない伝票の意味です。
監査人はこの中から、2枚の伝票(サンプル:標本)を抽出して監査するとします。監 査人の目的は、彼が抽出した2枚の伝票の中に赤伝票が何枚含まれているかを確かめ、こ れから母集団である5枚の伝票の中に含まれている赤伝票の数を推定することです。ここ ではあらかじめ5枚の伝票の中の赤伝票の数は2枚であると判明していますが、実際の監 査の過程では、もちろんこれは不明です。このような仮定の下で、監査人はどのような結 論に達するかをみることによって、統計サンプリングの理論的側面を理解することができ ます。 2.組合せ 5枚の伝票にはA、B、C、D、Eという記号が付されており、DとEが実は赤伝票であ ると仮定しましょう。もちろん、監査人はこのことを監査以前には知らないので、監査人 は2枚の伝票を無作為に抽出すると仮定しましょう。さて、監査人は5枚のうち、どの2 枚をサンプルとして抽出するでしょうか。AとB、AとC、あるいはDとE、いずれの2 枚を抽出するかは不明ですが、ここで重要なのは次の事項です。 (1)母集団からサンプルを選ぶのにいく通りの選び方が可能であるか、言い換えれば標 本の組合せの数はいくつあるかを調べます。 (2)上記の組合せ(抽出の仕方)は、サンプルが無作為に抽出される場合、いずれも等 しい確率で抽出される可能性を持っています。さて、この例では母集団がわずか5枚であ るので、可能な組合せの数は簡単に知ることができます。それは表2-1に示されている とおり、10通りであることが分かります。しかしながら、母集団の数が大きくなると、 このように図によって計算することは不可能となるので、算式を用いて計算することが必 要となります。 数式:組合せの数の算式 C=Combination(組合せ)の略号 N=母集団の数(この例では5) n=サンプル数(この例では2) !=階乗(例えば、5!=5×4×3×2×1=120) したがって、(2・1)式を使って計算してみると、 数式:計算 10通りであるという答が得られます。 図:表 2-1
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3.確率
統計サンプリングは確率論を基礎にしています。表2-1に示されたように、2枚の伝 票をサンプルとして選ぶ選び方は10通りありますが、そのうちの3通り(30%)は白 伝票のみを選ぶ可能性があり、6通り(60%)は白伝票と赤伝票をそれぞれ1枚ずつ選 ぶ可能性があり、1通り(10%)は赤伝票を2枚とも選ぶ可能性があることが分かりま す。言い換えるならば、赤伝票を少なくとも1枚選ぶ可能性(確率)は70%であるとい うことになります。この設例では、監査人が赤伝票の存在を発見する可能性は70%であ る(発見サンプリング)といえます。
もう一つ、表2-1で注意していただきたいのは、誤謬率の関係です。この設例では母 集団の誤謬率は40%(2/5枚)でしたが、サンプルの誤謬率は0%か50%か又は1 00%となっていることです。監査人はこのサンプルの誤謬率を使って、母集団の誤謬率 を推定しなければなりません。 4.超幾何分布
さて、(2・1)式で組合せの数を計算する算式を学びましたが、例えば、表2-1の サンプルの誤謬率が50%である場合の組合せの数、すなわち6の計算を算式を使って、 どのように行うのかを学習しておきましょう。これは2枚のサンプルのうち1枚が白伝票 で、もう1枚が赤伝票であることを意味しています。この場合の組合せの数は次のように 計算されます。 (1)母集団の中の白伝票(3枚)から、1枚の白伝票をサンプルとして抽出する組合せ、 数式:組合せ (2)母集団の中の赤伝票(2枚)から、1枚の赤伝票をサンプルとして抽出する組合せ、 数式:組合せ これを図示すると表2-2となります。 最後に表2-2の最下欄に示されている「サンプルが抽出される確率」60%の計算方法 をみておきましょう。これは説明するまでもなく、(2・1)式とここで学んだ式により 簡単に計算できます。すなわち、 数式:組合せ 又は60%となります。 この式が超幾何分布と呼ばれる式です。これを一般式で表すと次のとおりとなります。 数式:超幾何分布 Pr=確率 P=母集団の中の白伝票の比率(この例では60%) q=1-p(この例では40%) N=母集団の数(この例では5枚) n=サンプルの数(この例では2枚) r=サンプルの中の白伝票の数(この例では1枚) 属性サンプリング(推定サンプリング)の母集団の誤謬率はこの式を使って計算されます。 また、この式を使って誤謬率を推定するための数表を作成することができるのです。 表:表 2-2
2-1-2 サンプルの誤謬率から母集団の誤謬率を推定することが、どうして可能なの か具体的に説明してください。
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サンプルの誤謬率から母集団の誤謬率を推定する問題を解決することは、ある与えられ たサンプルがどのような内容を持つ母集団から抽出されたかという問題を解くことを意味 します。次にこの問題を設例により考えてみましょう。
今、6つの母集団Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ・Ⅵがあり、これらの母集団の内容は次のとおり
であったとします。 表:6つの母集団
さて、この母集団Ⅰ~Ⅵのいずれかより、無作為に2枚のサンプルが抽出されたとしま す。(ただし、2枚の伝票とも同一母集団から抽出します。)そして、サンプルの中の伝 票は、1枚が白伝票であり、もう1枚が赤伝票であったとします。この2枚の伝票はいず れの母集団から抽出されたのでしょうか。
答は母集団Ⅰ~Ⅴのいずれかから抽出されだということです(信頼度100%)。なぜ なら、母集団ⅠとⅥは白伝票か又は赤伝票のいずれかであり、これらの母集団から選ばれ た2枚のサンプルは、2枚とも白伝票か赤伝票のはずであるからです。さて、ここで得た 回答は次のように言い換えることができます。
「5枚の伝票よりなる母集団から、2枚のサンプルが無作為に抽出されました。サンプ ルの中の誤謬率は50%でした。母集団の誤謬率は80%(母集団Ⅱ)から20%(母集 団Ⅴ)の間です。この推定は信頼度100%です。」
次に表2-3を参照していただきましょう。この表のサンプルの下の数字はすべて組合 せの数を記しています。サンプル(2枚)に含まれる赤伝票の数1枚(誤謬率50%)の 欄を見ると、この合計は20であり、組合せの数が20通りあることが分かります。また、 よりよく理解するために母集団Ⅲを横に見ていただきます。横の列の3、6、1という数 字は表2-1で説明した組合せの数を表示したものです。
さて、表2-3をよりよく理解するために、もう一つの具体例により、推定のプロセス を見ていきましょう。監査人が5枚の伝票の中から無作為に2枚の伝票を抽出したところ、 2枚とも赤伝票であったとします。さて、母集団の中には、赤伝票は何枚あるでしょうか。 この結果から言えることは、少なくとも母集団の中の赤伝票の数は2枚以上5枚以下であ るということです。すなわち、母集団ⅠとⅡは赤伝票の数が0枚か1枚であるため、この 中から抽出された確率は0%です。したがって、監査人が母集団の誤謬率は40%~10 0%の間であると結論付けたとしますと、この監査人の結論は、100%正しいことにな ります。すなわち、信頼度は100%です。
ここで問題になるのが、誤謬率40%~100%の間であるという結論の価値です。誤 謬率40%~100%という推定では、あまりにも幅が大きすぎるため、監査人は誤謬率 の幅をもう少し縮めた結論を欲するでしょう。この幅のことを精度といい、幅が小さいほ ど精度が高いといいます。しかしながら、監査人はこれ以上結論の精度を高めることがで きるのでしょうか。 表:表 2-3
5枚の母集団の中に赤伝票が2枚あった場合、2枚のサンプル中にその2枚を抽出する 確率は10回に1回です。すなわち、確率10%です。同じく母集団の中に赤伝票が3枚 あった場合、サンプル中にその中の2枚を抽出する確率は、10回に3回です。すなわち、 確率30%です。同様に赤伝票が4枚の場合、5枚の場合と、それぞれの確率を計算する ことができます。
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監査人が実際にどの母集団から、このサンプルを抽出したかは依然不明ですが、赤伝票 を2枚抽出したのは、この4つの母集団の中からであることだけは事実です。したがって、 「抽出された確率」の合計は100%となり、それぞれの母集団ごとに抽出される確率が 計算されます。
この結果、次のことがいえます。 「5枚の母集団から2枚抽出したサンプル中に2枚の赤伝票が含まれていた場合、5枚 の母集団の中にちょうど2枚赤伝票がある確率は5%です。同じく3枚が赤伝票である確 率は15%、4枚が赤伝票である確率は30%、5枚とも赤伝票である確率は50%であ る。」
さて、先ほどの話に戻りましょう。以上のことから監査人が母集団の中の赤伝票の数を 3枚以上であると結論付けたとしたら、監査人は5%の誤りを犯す可能性を持つことにな ります。すなわち、信頼度は95%です。その代わり監査人は母集団の誤謬率は60%~ 100%であるとの結論を得ることになります。繰り返しますと、 「5枚の母集団の中から2枚のサンプルが抽出され、サンプルは2枚とも赤伝票であった。 この結果から監査人は信頼度95%で母集団中の誤謬率は60%~100%の間であると 結論付けることができます。」 先ほどより精度が20%高くなったことになります。
表2-4から、今説明したと同様な方法により、表2-5を作成することができます。 表2-5は表2-4の書き方を変えたものですが、この表は標本の誤謬率から一定の信頼 度により、母集団の誤謬率を推定したことを示しています。 表:表 2-4 表:表 2-5
2-1-3 二項分布について説明してください。
確率変数Xが0、1、2、……、nのいずれかの値をとり、X=rとなる確率Prが
数式:二項分布の算式 であるとき、Xは二項分布に従うといいます。例えば、サイコロを3回振って1の目が2 回、1以外の目が1回出る確率を求めてみましょう。 数式:確率計算式 数式:離散確率変数の平均 数式:離散確率変数の分散 数式:二項分布の平均、標準偏差 となります。この(2・10)式が二項分布の誤謬率を表す標準偏差であり、属性サンプ リングにしばしば現れてくる公式です。(二項分布の平均、標準偏差の証明はウィルクス 著「初等統計解析」の中に大変分かりやすい解説があります。)。
表2-6をグラフに示すと図2-7となります。このように二項分布はサンプル数nが 大きくなるにつれて正規分布に近づいていき、nが無限大になると正規分布と一致します。 一般に二項分布はnp>5のとき、これを正規分布として取り扱うことができるといわれ ています。 表:表 2-6 図:図 2-7
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2-1-4 過誤棄却リスク(αリスク)と過誤採択リスク(βリスク)について説明し てください。
米国公認会計士協会の監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」によれば、監 査人は、サンプリング・リスクを評価するに当たって、職業専門家としての判断力を行使 しなければなりません。このサンプリング・リスクには次の2種類があります。 (1)過誤棄却リスク(αリスク)重要なエラーがないにもかかわらず、計上された勘定 残高が重大な間違いをしているという結論を、サンプリングによって得るリスク (2)過誤採択リスク(βリスク)重要なエラーがあるにもかかわらず、計上された勘定 残高が重大な間違いをしていないという結論を、サンプリングによって得るリスク αリスクを会社側リスク、βリスクを監査人側リスクともいいます。統計理論上は、βリ スクが信頼度を意味しています。
今、会社側はエラーが1%以下の母集団は合格となることを期待しており、監査人はエ
ラーが6%以上の母集団は不合格となることを期待しているとします。
理論的には、誤謬率が1%以下の母集団は必ず合格し、誤謬率が6%以上の母集団は必 ず不合格としたいのですが、採択サンプリングは、この要求を完全に満足させることはで きません。誤謬率が1%以下の母集団でも、不合格になることもあれば、誤謬率が6%以 上の母集団でも合格することがあります。
監査人が採択サンプリングを実施する場合、あらかじめ、これらのリスクを知っておく 必要があります。あるいは、これらのリスクを監査人の希望する範囲内に押さえることが できるように、サンプリング・プランを計画することができればなおさらよいことです。 このような目的に利用できるのが、OC(Operating Characteris tic)曲線といわれるものです。監査人は、OC曲線を参照することによって、計画さ れたサンプル数(n)を合格判定数(C)の下で、そのプランがどのようなαリスク、β リスクを伴っているのかを知ることができます。
次の図は、サンプル数を80個、合格判定数を2個(サンプルの中のエラーが2個以下 のときは、当該母集団を合格とする。)とした場合のOC曲線を表しています。このOC 曲線をみると、誤謬率が1%の母集団は95%合格し、5%不合格となります。すなわち、 αリスクは5%です。誤謬率が6%の母集団は10%合格し、90%不合格となります。 すなわち、βリスクは10%であることが分かります。 図:図 2-8 サンプリング・プラン(すなわち、nとcの値)を変更することによって、OC曲線の形 も変わり、αリスク、βリスクが異なってきます。監査人は、自己の希望するαリスク、 βリスクを持つサンプリング・プランを、OC曲線を参照することにより、計画すること ができます。
2-1-5 信頼度と精度について説明してください。
信頼度とは、結論の正確性の度合を確率的に表現したものです。例えば、棚卸資産の残 高は1,000千円であると結論を下したとします。この結論が100%確実であり何ら の疑問の余地がない場合には、信頼度100%といいます。しかしながら、我々が何かを
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推定したり予測したりするときは、このように100%の正確性をもって行うことは、通 常、いろいろな理由から不可能な場合が多いのです。その場合には、若干の誤りの可能性 は受容しなければなりません。信頼度99%とは、推定された結論が1%の誤りを含んで いる可能性があることを意味します。
これに対して、精度とは、推定の幅を意味します。例えば、棚卸資産の残高は1,00 0千円から2,000千円の間であると推定されたとします。上限と下限との間には1, 000千円の幅があることになります。この幅の大きさを精度といい、幅が大きいほど精 度が低く、小さいほど精度が高いといいます。統計学では、この幅を表現するのに、1, 500千円±500千円といった書き方をします。これは下限が1,000千円、上限が 2,000千円というのと同じものです。
さて、サンプリングを適用した結果下される推定値は、監査意見の判断のよりどころと なるものですから、あまり精度が低い場合には、ほとんど推定値そのものの利用価値が失 われてしまいます。先ほどの例で、サンプリングの結果、棚卸資産の残高が1,000千 円から2,000千円の間であるという推定値を得たとします。この会社の純利益が1, 000千円であり、棚卸資産の帳簿残高が1,450千円であったと仮定しましょう。
このような推定値は利用価値があるでしょうか。確かに会社の棚卸資産の残高は推定値 の範囲に含まれてはいますが、統計学的に見れば、2,000千円であるかもしれないし、 1,000千円であるかもしれないのです。監査人は、もっと精度を高くした推定値が必 要であると感じることでしょう。このように精度は通常その目的に応じて一定の許容範囲 内にあることが必要となります。 信頼度と精度の間には次のような関係があります。 (1)サンプル数が一定の場合 ① 信頼度を高くすると精度が低くなる。 ② 精度を高くすると信頼度が高くなる。 (2)サンプル数を大きくすると ① 信頼度、精度とも高くなる。 ② 信頼度を一定にすると、精度がより高くなる。 ③ 精度を一定にすると、信頼度がより高くなる。 (3)サンプル数を小さくすると ① 信頼度、精度とも低くなる。 ② 信頼度を一定にすると、精度がより低くなる。 ③ 精度を一定にすると、信頼度がより低くなる。 監査人は、サンプリングを適用する場合、推定された結論の正確性の度合(信頼度)と推 定値の許容範囲(精度)をあらかじめ決定します。その結果、必要なサンプル数が計算さ れてきます。サンプル数は監査費用と密接な関係を有しており、これらを総合的に考慮し てサンプル数が決定されることになります。
2-2 理論変数サンプリングの統計学的知識
2-2-1 平均値について説明してください。
統計においては、一群のデータを整理分類して、その性質や法則等を見いだすことを行
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いますが、その代表的なものに平均値があります。例えば、ここに5個の製品があり、そ の重量が120㌘、105㌘、130㌘、100㌘、115㌘であると仮定します。この データの平均値を計算してみましょう。 (120+105+130+100+115) ――――――――――――――――――――― 5 =114 すなわち、平均値は114㌘ということになります。これを数式で次のとおり表します。 N個の資料について、それぞれの変量の値がa1、a2…an、であるとき、 数式:平均値の算式 表2-9を見てください。これは49個の製品のサンプルの重量を測定したものです。な おΣはシグマと読み、総和記号を表します。 表:表 2-9 と 表 2-10 表2-9のデータを使って平均値を計算してみましょう。今度は、先ほどの式では計算で きません。平均値を計算するには、表2-10のような表を作成するのが便利です。平均 値の計算は次のとおり行います。 (重量×個数)の合計
平均値=―――――――――――
個数の合計 これを再び数式で示してみましょう。 表:表 2-11 と表されます。これは階級値にその度数を重みとしてつけて得た平均として、加重平均と いいます。
このほかに、最頻値(モード)と呼ばれるものがあります。表2-9を見てください。 49個のデータの中で最も多い製品は、166㌘の製品の13個です。この重量166㌘ を最頻値と呼びます。また中央値(メジアン)とは、49個のデータの中でちょうど、中 間のもの、すなわち、重量の大きいものから並んで25番目の製品、表2-9の例ではや はり166㌘をいいます。
2-2-2 標準偏差について説明してください。
簡単な例を使って、標準偏差を計算してみましょう。例えば、5個の製品の重量の標準
偏差はいくらですか。 A 260㌘ B 265㌘ C 270㌘ D 272㌘ E 263㌘ =計算過程= (1)5個の重量の平均値を計算します。 (260+265+270+272+263)÷5=266 (2)各製品の重量と平均値との差を求めます。 A 260-266=-6 B 265-266=-1 C 270-266=4
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D 272-266=6 E 263-266=-3 (3)上記の数値を自乗して加算します。 表:表 2-12 σはシグマと読み、標準偏差を表します。
2-2-3 正規分布について説明してください。
サイコロをn回投げて1の目がn回出る二項分布を、n=10、n=20、n=30、 n=40、n=50のおのおのの場合についてグラフに表すと、図2-13のようになり ます。nが大きくなるに従って、次第に左右対称の曲線に近づいていくのが認められます。 二項分布のグラフで、nを限りなく大きくするとき得られる曲線は、 数式:正規分布の関数 という形の関数のグラフであることが知られています。一般にこの形の式で与えられる分 布を正規分布といい、そのグラフを正規分布曲線といいます。 数式:正規分布 で表します。
この正規分布曲線は、左右対称で中央が最も高く、左右に行くと曲線はX軸に限りなく 近づきます。もっと厳密に表現しますと、直線X=mに関して対称で、Xの値がmに近い ほどyの値は大きく、|x|が大きくなるとyの値は限りなく0に近づきます。 また、y=f(x)とおくと、図2-14の斜線で示した部分の面積を 数式:正規分布曲線の面積 と表します。∫はインテグラルと読み、積分記号を表します。曲線とX軸との間の部分の 面積を1とすると、この面積は変量xがa<x<bの範囲にある確率P(a<x<b)に 等しいのです。 図2-15を見てください。平均値mの左右に標準偏差σの一定倍数(t)だけをとり、 その面積が全体の面積の何%になるかを見ていきましょう。P(m-tσ<x<m+tσ)、 すなわち、P(|x-m|<tσ)について、いろいろなtに対する値を求めたのが表2 -16です。この表から、 P(m-σ<x<m+σ)=0.6827 P(m-2σ<x<m+2σ)=0.9544 P(m-3σ<x<m+3σ)=0.9973 であることが分かります。これを図示すると、図2-15のようになります。 図:図 2-13 と 図 2-14 図:図 2-15 このように正規分布では、平均値からのtの値(標準偏差の倍数)が分かれば面積が決ま ります。すなわち、正規分布N(m,σ2)に従う変量xに対して、P(m-tσ<x< m+tσ)の値は、mとσには無関係でtの値によって定まる、tの関数です。 さて、平均値0、標準偏差1の正規分布はN(0,1)と表します。これを標準正規分布 といいます。標準正規分布の値は計算されて表になっています。これを正規分布表といい ます。 図:表 2-16
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2-2-4 サンプルから母集団を推定することはどうして可能ですか。
図:図 2-17 と 図 2-18 (2・23)式は、母集団分布の平均とサンプル平均の分布の平均とが等しく、(2・2 4)式は、母集団分布の標準偏差をnの平方根で除したものは、サンプル平均の分布の標 準偏差に等しくなることを意味しています。 数式:サンプルの平均 数式:信頼区間の定式 が使われます。
2-3 サンプルの抽出方法
2-3-1 サンプルを抽出する方法としては、どのような方法があるのでしょうか。
今までにも述べてきましたように、統計サンプリングの特徴の1つはサンプルの抽出が 無作為に行われなければならないということです。先に引用しましたAICPA監査基準 書第39号でも、 「サンプルの抽出においては、そのサンプルが監査対象の元の母集団の正確な縮図となる ような方法でサンプル項目を抽出すべきである。したがって、母集団のすべての項目は抽 出される機会が等しくなるようにすべきである。例えば、無作為な方法による項目抽出は、 かかるサンプルを得る1つの方法である。」と述べています。 サンプルを抽出する方法としては次のようなものが考えられます。 無作為抽出法 系統的抽出法
これらの区分のほかに、母集団をいくつかの同質なものごとの階層に区分し、各階層ご とに上記の無作為抽出法等を適用することもできます。もちろん層化しないで、単純に母 集団全体を1つの層とみなす方法もありますが、母集団内のバラツキが大きいと予想され る場合には、層化することによって、サンプルはより精密に母集団の縮図としての役割を はたすことになります。例えば、売掛金の残高確認を行う場合、一定額以上の大口得意先 については100%確認し、それ以外の小口得意先については低い確認率にとどめるとい った方法であり、従来からも類似の方法はしばしば適用されていることと思います。
乱数表を用いた無作為抽出法は後述しますので、ここでは系統的抽出法の説明にとどめ ます。これは、例えば、伝票を50番目ごとに抜き取るというように、一定間隔でサンプ ルを系統的に抽出する方法です。あらかじめ母集団全体に一連番号が付されている必要が ありますが、その全体数を、抽出すべきサンプル数で除した数を一定間隔として、母集団 全体から等間隔で系統的に抽出します。この方法の利点は、乱数表による方法に比べて簡 易であるところにありますが、母集団の配列にある周期的な変動があり規則的ないしは循 環的に誤謬が含まれているような場合には、無作為抽出を行ったことにならないので注意 する必要があります。
2-3-2 乱数表を用いた無作為抽出の簡単な具体例を説明してください。
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無作為抽出の最も一般的な方法は乱数表を用いる方法です。乱数表にもいろいろな種類 のものがありますが、ここではJIS規格の乱数表(JIS Z 9031)を用いて説 明します(表2-19参照)。
例えば、ある会社の1月から12月までの12か月の売上伝票を母集団として、そこか ら乱数表を用いて無作為にサンプルを抽出することとします。売上伝票は月ごとにファイ ルされており、それぞれ4桁の一連番号が付されているものとします。 (1)読み始める乱数表の頁数と行数を決めます。 乱数表のどこから数字を読み始めればよいかということはそれほど重要なことではありま せんが,無作為であるという意味をより高めるために、任意に決めてしまう方法のほかに、 ダイス法、時点計算法、鉛筆落下法等が考案されています。 ダイス法では、10面体のダイスを用い、それを4回振って、その結果出た数の順序が3、 0、2、2であったとすると、乱数表の302行目の2列目から4桁を読み始めるという 決め方をするわけです。 時点計算法では、監査日が1982年5月23日とすると、下4桁の2523を採って、 乱数表の252行目の3列目から読み始めるということになります。 (2)乱数表の302行目の2列目から、必要なサンプル数だけ順次読み上げる。 この場合、該当する番号の伝票がない場合もあるので、若干多めに読み上げておく必要が あります。また、伝票番号が4桁でなく5桁の場合には、乱数表の1行を5桁に区切って いくこととなります。3桁の場合も同様です。ここでは4桁と仮定し、読み上げた結果は 次のとおりになります。 7574 9791 2035 5028 6947 5056 1027 7124 0672 9386 0522 3714 0845 9177 9811 4495 ………。 (3)(2)で選んだ伝票の該当月を決めます。 これにもいろいろな方法があると思いますが、例えば、上記(2)の読み上げが乱数表の 305行目の5列目で終ったとすると、引き続き306行目の5列目から読んでいくこと とします。この場合、月数を決めるには4桁では大きすぎるので、2桁ずつに分けて読み ます。その結果は次のとおりです。 82 86 33 59 26 72 16 30 08 69 37 23 57 69 04 88 94 ………。 これらを各々12で除した余数をとると次のようになります。 10 2 9 11 2 0 4 6 8 9 1 11 9 9 4 4 10 ………。 0を12月と読み直すと、これで月数が定まります。 表2-19 表:表 2-19 (4)(2)で選んだ伝票番号と(3)で定めた月数とを合わせて、該当する売上伝票を 抽出する。
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すなわち、10月の7574番、2月の9791番、9月の2035番という順に売上伝 票を抽出し、あらかじめ定めた必要サンプル数までの抽出をすれば、これで乱数表を用い て無作為抽出が行われたことになります。 ただ、実際にこれを行うことは非常に手間のかかるものですから、乱数を内蔵した卓上電 子計算機を用いるとか、売上伝票がトランザクション・テープとしてEDPに入力されて いるような場合には、なるべくEDPシステムを活用して必要なサンプルだけを出力でき るようプログラムを用意する等の事前準備が大切です。
2-4 サンプリング・エラー
2-4-1 サンプリング・エラーとはどのようなものですか。
統計サンプリングの使用に際しては、ノン・サンプリング・エラーとサンプリング・エ ラーという2つの重要な概念があります。サンプリング・エラーは、サンプル・テストの 結果が母集団の真の姿を示さないときに発生します。サンプリング・エラーとは、母集団 を全部精査したことによる発見事項とサンプル・テストによる発見事項との間の差をいい ます。時には、サンプリング・エラーは、精度(Precision)とか、allow ance for sampling sighと呼ばれています。 ノン・サンプリング・エラーとは、それ以外の極めて人間的なことによる次のようなエラ ーをいいます。 ○ 母集団の定義をあやまること ○ 監査目標を明確に定義し損うこと ○ 誤謬を発見し損うこと ○ ランダム・ナンバーの抽出する際の誤まり ○ 発見事項を正確に判断し評価し損うこと等
ノン・サンプリング・エラーは適切なサンプリング計画や上司による監督で減らすこと はできますが、サンプリング・エラーはいかなるサンプリングにおいてもどうしても発生 してしまうものです。しかしながら、後で述べますようにサンプリング・エラーは統計的 に把握され、測定されますので管理はできます。
第3章 属性サンプリング
3-1属性サンプリングとはどのようなものですか。
属性サンプリングとは、母集団のある属性の頻度を統計的手法を用いてある確率の下に 推定する手法です。一般に属性とは、ある項目が他の項目と異なる質的な面での特徴とか 性格をいいますが、監査においては、あるべき承認がない取引事項とか外部証憑と合致し ない取引事項を意味することになります。一言で言えば、ある取引項目の正誤のことです。 監査において属性サンプリングは、通常、会計期間中における現金・預金の入出金取引、 売上(売掛金)の取引、仕入(買掛金)の取引、賃金の取引等に係る内部統制組織の運用 の良好度の判定に多く使用されています。
属性サンプリングにもいくつかの種類があり、それぞれ特徴があります。簡単にまとめ
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てみますと表3-1のようになります。 図:表 3-1
3-2 属性サンプリングの手順を簡単に説明してください。
属性サンプリングのうち1回抜取りサンプリングを使って内部統制の良好度を推定する
ときの手順を簡単に述べると、次のようになります。 (1)各アプリケーションごとの事前調査等に基づき母集団を決定します。 (2)その母集団における監査項目の重要性、監査目的及び過去の経験等に基づき、信頼 度、誤謬率等を決めます。 (3)(2)に基づき、サンプル数を決めます。 (4)サンプルをテストし、監査項目ごとにエラーの有無を調査し、記録します。 (5)あらかじめ定めた信頼度等に基づき、監査対象項目ごとの母集団中のエラーの範囲 を推定し、更にエラー内容を検討します。 (6)(5)の結果に基づき、最終的に内部統制の信頼性に依拠する度合を決定し、残高 監査手続の範囲を確定します。 (5)について具体的に述べると次のようになります。すなわち、統計手法に基づき決め られたサンプル数をある観点につき監査した結果、エラーが何個か見つかったので、母集 団全体としては何%から何%までの範囲(例えば、0.5%から6.5%までの範囲)で エラーを含んでいると推定することは、何%の確率(例えば、95%の確率)で正しいと いうことになります。そこで監査人は、上記の結論に基づき、内部統制上から検討した観 点が良好か又は不良かを判断することになります。エラー内容の検討については、設問3 -4において説明します。
3-3 属性サンプリングと内部統制の調査及び残高監査手続との相互関連性について説 明してください。
属性サンプリングは多くの場合、期中取引記録のテストに適用されて内部統制の実際の 運用の有効性の程度を把握したり、また、有効性を確認する場合に使用されます。その場 合、属性サンプリングは、内部統制の信頼性の事前調査及び残高監査手続と図3-2に示 すような関連を有することになります。
まず、①、②、③を通じて監査人は、重要な監査対象の取引の流れに沿っでどのような 統制又は牽制手続が存在するかを理解する必要があります。ここで強調しておきたいこと は理解し終った段階で内部統制上の強いポイント、弱いポイント、相互に相殺するポイン トを明確に整理記述しておくことです。そして、一応、内部統制の信頼性について判定を 行い、それを基に属性サンプリングを実施することになります。この一応の判定により、 取引記録及び残高監査手続をどう追加、修正若しくは減少させるかを準備することになり、 監査範囲決定の判断基礎も明確となります。
ここで重要なことは、属性サンプリングは良好な内部統制が存在すると判定されたとき
実施されるということです。 図:図 3-2
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3-4 エラーとは具体的にどのようなものか、また、サンプリング・テスト終了時にど のようにエラーに対処すべきか説明してください。
属性とは、前に述べたとおり、種々のエラーということになります。 取引記録の監査手続には、それぞれの監査目的があります。したがって、種々のエラー
とは、監査目的からはずれた特徴ということになります。
ただし、監査目的の設定の仕方と関連してエラーの定義が変わることも注意してくださ い。例えば、支払金額と請求書を突合しようとした場合に請求書がないということがあり ます。請求書がないことをもってエラーと定義すれば、1つのエラーがあったことになり ます。もし、代わりに契約書があった場合には支払金額を立証する外部証拠があるので、 エラーではないということに定義しますとエラーがないことになります。また、サンプリ ング・テストで、ある項目がエラーとなったのですが、会社自身で誤りに気づいて後日訂 正していることがあります。そのような場合は、監査上は通常エラーと考えないことと思 われます。
ところでエラーは2種類に分けて考えることが必要です。すなわち、手続的エラーと金 額的エラーです。手続的エラーとは例えば本来あるべき購買部長の承認がないとかいうこ とであり、金額的エラーとは、支出金額が帳簿計上額と不一致とかいうものです。金額的 エラーの有無を監査する場合、監査人は高い精度の監査を必要としますので、特にUPL (注)決定に際しては考慮が必要です。
また、エラーについては、サンプリング・テスト終了時において統計数値的評価とは別
にエラーの内容分析が大変重要です。
エラーの内容の吟味によりエラーの影響をいろいろな角度から検討し、フォロー・アッ
プする必要があるからです。その際、次の点を考慮することが重要です。 (1)エラーが財務諸表項目に直接又は間接にどのような影響を持つか。 (2)内部統制の欠陥によるものかどうか。 (3)故意による誤りかどうか。 (4)誤解による誤りかどうか。 (5)そのようなエラーの発生の再発頻度の度合はどうか。 (6)そのようなエラーの発生の規則性はどうか。 (7)そのようなエラーによる最悪の事態はどうか。
上記の観点を考慮して、我々の監査手続に与える影響を適切に評価し、どの程度当初の
監査計画を修正するかを決定することになるでしょう。 (注)UPL(Upper precision limit)とは、監査人が内部統制 の信頼性に依拠できる限度の誤謬率をいい、最大許容誤謬率と呼ばれています。具体的に は母集団中の推定誤謬率に精度を加算し若干のプラス・アルファーを加えた概念です。
3-5 母集団の決め方について説明してください。
エラーの定義や母集団の決定は非統計サンプリングにおいても考慮されるべき事柄です が、属性サンプリングにおいても適用対象となる取引記録の各集団(母集団)を決めると きは、実施可能性やテスト対象期間への考慮とともに下記の点をよく考慮して行う必要が あります。
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(1)合目的性 監査目的に合った証憑を母集団とする考え方です。例えば、得意先に出荷された物がすべ て売上・売掛金に計上されているかを調査するためには、売ったことが分かっている売上 伝票ではなく、実際に出荷した際に発行される出荷伝票控を母集団とする考え方です。 (2)均質性 均質性も重要な決定要因です。均質性とは、母集団の性質に異質な特徴がないことです。 例えば、売上出荷の中に国内売上と輸出があるようなときに、社内の処理手続や方法が異 なるときは、それぞれを分けて母集団とする必要があると思われます。 この均質性は、母集団決定に際しよく考慮する必要があります。 (3)網羅性 監査目的等に合う適切な母集団が選定されたとしても、実際にその母集団が監査対象の取 引をすべて含んでいるかどうかを確認することが大切です。
3-6 信頼度の決定について説明してください。
信頼度の決定こそは、監査人の判断の問題です。その際、監査人がどの程度内部統制の 信頼性に依拠したいのか、また、対象となるテスト項目と財務諸表の適正性との関連性を 考慮して決定されることになります。
例えば、よく言われている比率を参考までにあげてみましょう。
図:事前の内部統制評価
上記の参考比率は、監査人が内部統制の信頼性に依拠しようとすればするほど内部統制 が良好に運用されていることをより高い確率で確認し(サンプル数が増加する。)、よっ て、実証テストは軽減する正当性が確証されるということが前提となっています。しかし ながら、もう一方で事前の内部統制評価がよければ逆にそう高くない確率(サンプル数が 減少する。)でもよいという考え方もあることも申し述べておきます。
3-7 1回抜取りサンプリングとはどのようなものですか、簡単に説明してください。
1回抜取りサンプリングは、最も典型的な属性サンプリング中の一手法であり、監査人 が母集団中の誤謬率の範囲を推定するときに使用されます。特に母集団中に若干のエラー があると想定されるときに使用されています。 (1)サンプル数の決定の仕方 例を用いて説明しましょう。 今、1年間に20,000からなる掛け売上取引の与信について承認の有無を1回抜取り サンプリングでテストするとします。 信頼度を95%とし、承認がない取引は最大5%(UPL)(注)までと期待しているが、 過去の経験では通常1%位の掛け売上について承認がなかったことが分かっています。 サンプル数を決める方程式は若干複雑ですので、通常そのために表が考案されています。 表を使用してサンプル数がいくつになるか見てみましょう。 表3-3 表:表 3-3 表3-3を使用してUPL5%と見込み、誤謬率1%との交差点を見ると100となって
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います。したがって、100が上記例におけるサンプル数となります。 (2)サンプル・テスト評価の仕方 サンプル・テストの結果を評価する表が同じく考案されています。 上記と同じ例を用いて評価をしてみましょう。表3-4を使用することになります。 表3-4 表:表 3-4 今、サンプル・テストの結果の100のサンプル中3個エラーがあった場合、母集団中に 含まれる推定最大許容誤謬率は8%となります。 この場合に監査人が最大許容できる限度を5%までと判断したとすると、この面では内部 統制に依拠して実証テストを減らすことはできないことになりますし、エラーの内容によ っては何らかの監査手続を追加する必要があるでしょう。
3-8 逐次抜取りサンプリングは経済的な手法と言われていますが、どのようなものか 簡単に説明してください。
母集団中にほとんどエラーがないと想定されるときは、1回抜取りサンプリングに代え
て逐次抜取りサンプリングを使用して効率を上げることができます。
逐次抜取りサンプリングは、1回抜取りサンプリングよりサンプル数が減ります。
例を用いて説明しましょう。
設問3-7と同じ例を使いますが、ただし、掛け売上の承認のない取引は過去の経験等 から0%とします。同じくサンプル数決定の表3-5を使用します。そうしますとサンプ ル数は60となります。 表3-5 表:表 3-5 次にサンプル・テストの評価をしてみましょう。 今、サンプル・テストの結果1個のエラーが見つかったとしますと、結果としてのUPL は以下の算式で表されます。 信頼度係数 結果としてのUPL=――――――― サンプル数 信頼度係数は表3-6を使用します。信頼度95%とエラー数1個との交差点の4.8が 信頼度係数となります。 結果としてのUPL=4.8/60×100=8% 表3-6 表:表 3-6
したがって、この与信承認のケースについては、監査人は最大許容誤謬率は5%までと 判断したわけですから、このままでは内部統制に依拠できないこととなります。そこで、 更にサンプル数を増加させることにより結果としてのUPLを5%に下げられると想定し たとしますと、更にサンプル数を36個増やすことになります。 4.8/0.05-60=36個
そこで、首尾よく36個追加サンプルをテストしてエラーがないと、結局母集団は5% 超のエラーを含んでいないと95%信じてよいこととなります。逐次抜取りサンプリング
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では、1回抜取りサンプリングと違ってこのようにサンプル数を追加していくことが可能 です。よって、第1回目のサンプリングで満足される結果がでれば、1回抜取りサンプリ ングより少ないサンプル数で済むことになり、経済的な手法となるわけです。
なお、この際第2回目の追加サンプリングで使用されるものは、第1回目で使用された サンプリングと連続したものを使用する必要がありますので、あらかじめ余裕をもってサ ンプルを抽出しておくことが肝要です。
しかしながら、このようなサンプル追加法は統計学的にあまりすべきではないといわれ ています。サンプル追加を行っても、再度結果としてのUPLが最大許容誤謬率内におさ まらないときは、1回抜取りサンプリングか又は他の手続に変更することになります。
3-9 発見サンプリングについて説明してください。
発見サンプリングは、監査人が財務諸表等に重要な影響を与えるある種のエラーを発見 したいときで、また、ほとんどエラーがないと想定されるときに使用されます。発見サン プリングを使用しますと、少なくとも1個のエラーを発見するのに必要なかなりの数のサ ンプル数が算出されます。
例を用いて説明しましょう。 ある母集団のサイズを6,500とします。信頼度を95%、最大許容誤謬率1%とし
ます。表は3-7を使用します。 表3-7
UPLと95%からサンプル数は300となります。300のサンプル・テストを行っ た後でエラーがないとしますと、監査人は結局母集団は1%超のエラーを含んでいないと 95%信じてよいことになります。もし1個でもエラーが見つかるとそのところでやめる か続けてサンプル・テストを行って表3-4を使って評価することができます。
3-10 採択サンプリングについて説明してください。
採択サンプリングとは、原材料の受入れ検査等において、入荷されたロットの中から一 定数のサンプルを抽出し、そのサンプルの検査を行って、サンプル中に一定数以上の不良 品がある場合には、ロット全体を不合格とし、一定数以下の場合には、逆にロット全体を 合格として受け入れるものです。これは品質管理の方法として産業界で広く採用されてき たものです。
初期の監査におけるサンプリングは、採択サンプリングを監査にも適用しようとするも のでした。しかしながら、採択サンプリングはロット全体における不良品の数を推定する ものではないこと、また、監査においては母集団を簡単に不合格とすることは困難である こと等の理由から、この方法の有用性についていろいろな議論が行われました。その後、 この採択サンプリングを修正し、推定サンプリング等と組み合わせて適用させることが考 えられています。
この方法の利点は、適用のプロセスが極めて容易であり、また、標本調査の結果、改め て母集団の誤謬率の推定のプロセスを要しないため、推定サンプリングの手数の繁雑さを 解決してくれる点にあります。
採択サンプリングを行うには、抜取り検査表という数表を使用します。
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(1)まず、数表の中から、監査人が希望する信頼度(採択サンプリングではβリスクと いう。)を満たすものを選定します。 (2)次に、最大許容誤謬率を決定します。 (3)これにより、数表から必要標本数と合格判定数を知ることができます。
採択サンプリングは、このように修正された形で監査実務に適用される場合、多くの利 点を有しています。また、サンプリングの最も基本的な方法であること等により、採択サ ンプリングの理解はサンプリングの研究に欠かせないものといわれています。米国公認会 計士協会の監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」の中にも、採択サンプリン グで使われる多くの概念が取り入れられています。付録にこの方法について、更に詳細な 説明が行われています。
3-11 1回抜取りサンプリングの実例を示してください。
ある会社の年間売上高について、1回抜取りサンプリングを適用し、売上にかかる内部
統制の運用がどの程度良好かを確かめることとします。
この会社の営業所(会計単位ではない。)は東京に何か所がありますが、倉庫は1か所 しかないものとします。重要な内部処理は経理も含めてすべて東京支社で行っています。 この会社の年間取引は単葉の出荷伝票(倉庫係が発行し連番がふられているものとしま す。)にして10,000枚ありました。売値はすべて会社のカタログ・プライスによっ ています。
どの取引もそう大きく変わった特徴はなく、売上に係る内部処理手続は同一です。返品 や値引はありませんでした。母集団は下記チェック・ポイントのaを考えて出荷伝票とし ました。売上については、チェック・ポイントがいくつかありますが、主なものを簡略化 して下記に抜き書きしました。これらのチェック・ポイントを確かめることにより、内部 統制の良好の度合を判断することにしました。
そして、下記チェック・ポイントごとの母集団中に含まれると推定される最大誤謬率は 過去の経験等から1%以内とします。各チェック・ポイントの財務諸表に与える影響や危 険性等を考慮して信頼度とUPLを次のとおり決定しました。 表:チェック・ポイント
サンプル数は表3-3を使用して決定した後、サンプルをランダム表から順番に選びテ ストを行った結果、上記のようなエラー数があり表3-4を使用して結果としてのUPL を求めると上記の結果となりました。
そこで監査人は結果としてのUPLを再度判断した結果、上記a、b、c及びeについ ては内部統制はかなり良好であると判断し、売掛金や売上の期末監査手続(例えば、確認 状の範囲)も当初の計画どおりとしました。
ただし、dについては出荷指示がルーズであると判断されるので会社責任者にその旨伝 えることにし、監査人によるその他の追加手続の必要性や範囲を検討することにしました。
3-12 属性サンプリングの実施上のポイントを箇条書きに示してください。
実施上のポイントは以下のようなものですが、できれば以下のポイントが自動的に一表
で記述されるような統計サンプリング表を各自で開発されることをお勧めします。
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属性サンプリングに関するチェック・リスト 様式:属性サンプリングに関するチェック・リスト
第4章 理論変数サンプリング(推定サンプリング)
4-1 変数サンプリングとはどのような方法ですか。
売掛金や棚卸資産の総額を推定計算したり、あるいはその中に含まれている誤謬の総額 を推計する場合には、変数サンプリングが適用されます。この方法は内部統制の準拠性の 調査ではなく、資産等の残高検証等に用いられるため、比率表示ではなく整数表示で表さ れます。この方法は会計監査では、一般に金額推定に関して適用されることが多いので、 金額サンプリング(Dollar value sampling)と呼ばれます。
変数サンプリングは理論変数サンプリングと確率比例サンプリング(Probabil ity-Proportional-to-size sampling)とに大別され ます。前者は伝統的な統計理論に基礎を置くものであり、推定変数サンプリングとも呼ば れているのに対して、確率比例サンプリングは監査に関連して開発され、発達してきた方 法です。確率比例サンプリングについては第6章で詳説されます。推定変数サンプリング は、 (1)無層化サンプリング(Unstratified sampling) ① 直接法(Direct projection method) ② 誤差法(Difference method) ③ 誤差率法(Ratio method) (2)層別サンプリング(Stratified sampling) (3)集落サンプリング(Cluster sampling) (4)多段抽出法(Multistage sampling) として使用されます。
無層化サンプリングでは、サンプルを母集団全体からそのまま抽出するのに対して、層 別サンプリングは母集団を金額の大きさに応じ、いくつかの階層に区分し、その階層ごと にサンプルを抽出します。また、集落サンプリングではサンプルを1件1件抽出する代わ りに、一定数(例えば、20件)をひとまとめにして抽出します。多段抽出法とは、例え ば、販売業務が多数の販売店に分散して行われている会社の売上高の監査を行う場合に、 まず往査する販売店を抽出し、次に各販売店ごとに売上伝票をサンプルとして抽出し調査 する等の方法です。
変数サンプリングを監査に適用するには、統計的手法を単に監査の分野にあてはめると いう技術面以外に、監査全体のリスクとの関係から考慮しなければならない多くの問題が あります。例えば、監査人は、サンプリング以外にも内部統制の評価や、分析的検討(A nalytical review)といった監査手続を採用しますが、これらのテスト の結果はサンプリングにどのような関係をもっているか、監査人が受け入れることのでき る監査リスクとはどうかといったことです。これらについては第5章で詳説し、本章では 一応これらの条件が既に与えられたものとして、伝統的な統計手法による推定変数サンプ リングの方法をみていくことにします。
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4-2 推定変数サンプリングはどのような手順で実施されますか。
推定変数サンプリングを実施するには、基本的に2つのプロセスが必要です。第1のプ ロセスは、必要サンプル数の計算プロセスであり、第2のプロセスは残高推定の計算プロ セスです。
それでは、まず必要サンプル数の計算プロセスからみていきましょう。
(1)母集団数を見積ります(設例では10,000件です。)。 (2)信頼度を決定します(設例では95%です。)。 (3)希望するサンプル誤差の範囲(精度)を決定します(例えば、±3億円の範囲内で 推定計算を行いたいとします。)。 (4)予備サンプルを約50件抽出し。標準偏差を計算します(設例ではσ=340千円)。 (5)数表又は算式により必要サンプル数を求めます。 なお、必要サンプル数の求め方については、設問4-6に説明されています。 次に、残高推定のプロセスは、 (1)母集団数を見積ります(設例により商品の総数10,000件とします。)。 (2)信頼度を決定します(95%とします。)。 (3)サンプリングの方法を選定します(設例では無層化サンプリングのうち直接法を採 用します。)。 (4)サンプルより標準偏差を計算します。 (5)母集団平均値を推定します。 (6)残高を推定します(設例では期末棚卸資産残高)。 の手順で行われます。
変数推定サンプリングを適用する場合に重要なことは、①属性サンプリングよりも母集 団数をより正確に見積ることが必要なこと、また、②母集団の構成をあらかじめ通査し、 もし、母集団の中に特に巨額な項目や異常項目が含まれている場合には、それらの例外項 目を除外してサンプル調査を行うことです。除外された項目については100%調査を行 うことが望ましいとされています。
4-3 推定変数サンプリングを実例で示してください。
甲乙株式会社の棚卸資産監査において、監査人は変数サンプリングを適用することを計 画しています。会社の商品は約10,000件、期末帳簿残高は60億円です。監査人は これらの商品の中から、サンプルとして無作為に100件の商品を抽出し、実施棚卸を行 いました。また、商品の評価の妥当性を確かめるため、購入伝票、その他の証憑書類を調 査しました。監査人の目的は会社の商品の帳簿残高が正しく計上されているかどうかを確 かめることにあります。監査の結果、抽出された100件のうち、20件の商品について 変量の差異、又は評価計算の誤りによる差異が発見されました。 (単位千円)表:推定変数サンプリングの実例
さて、このような結果から監査人はどのような結論を下せばよいのでしょうか。統計学 は監査人にどのような援助をしてくれるのでしょうか。変数サンプリングでは、このよう な監査の結果から、一定の信頼度で、棚卸資産の残高を推定することが可能です。
それでは直接法により、残高の推定のプロセスを説明しましょう。まず標準偏差の計算
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から説明しますが、ここでは算式に基づき計算法を紹介しましょう。 表4-1 表:表 4-1 表4-1は正確な計算方法ですが、簡便計算法も説明しましょう。その手順は、 (標準偏差の計算) 表:表 4-2 表:表 4-3 数式:簡便法による計算 標準偏差の正確な計算法(表4-2)による数値と簡便法によるそれとの差(346千円 と340千円)は、わずか6千円(誤差1.7%)であり、実務上は、簡便計算値で十分 であることが分かります。
ここで計算された標準偏差はサンプルより計算されたものであり、サンプル標準偏差と 呼ばれるものですが、サンプル数が100以上の場合には、このサンプル標準偏差を母集 団の標準偏差とみなすことができます。したがって、ここでは簡便計算値による標準偏差 を母集団の標準偏差とみなして、以下の計算を行います。 数式:棚卸残高の推定 t=信頼度により決定される係数(95%信頼度の場合は1.96を使用する。) σ=母集団の標準偏差 n=サンプル数 N=母集団の総数 m=母集団の平均値 上式は、サンプル平均Xに精度(E)を加減したものです。 数式:サンプル誤差 Rは信頼度と母集団数、サンプル数によって求められます。したがって、あらかじめこれ を数表にしておけば、そのつど計算する手数が省略でき、大変便利です。このRの値を数 表にしたものが、表4-4です。 表4-4 表:表 4-4
本例では、信頼度95%、母集団数10,000、サンプル数100ですから、R=0,
195となります。(4・1)式は、更に次のように変形できます。 数式:式(4・4) 本例ではmは監査後の簿価の平均値560.81千円ですから、 560.81-340×0,195≦m≦560.81+340×0.195 494.51≦m≦627.11
これは1件当たりの金額ですから、総額を求めるにはこれに棚卸資産の総件数10,0
00を乗ずればよいことになります。すなわち、求める棚卸資産の総額は、 (下限)4,945,100千円~(上限)6,271,100千円 の範囲であることが95%の信頼度で推定できたわけです。ところが、会社の帳簿価額6 0億円はこの範囲に含まれており、サンプル調査の結果から、会社の棚卸資産は妥当に計 上されているという結論に到達することができます。
4-4 誤差法の計算例を示してください。
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誤差法によって母集団の誤差の総額を推定する場合にも、(4・4)式が使用されます。
表4-5で計算された誤差の平均及び標準偏差を(4・4)式に代入します。R=0.1 95ですから、 3.09-32.9×0.195≦m≦3.09+32.9×0,195 -3.3255≦m≦9.5055 これは1件当たりの金額ですから、総額を計算するためには10,000を乗じます。す なわち、誤差の総額の推定値は、 -33,255≦95,055 となります。
さて、上記の金額は誤差の総額の推定値ですから、棚卸資産の総額の推定値は上記の金 額を帳簿上の棚卸資産の総額に加減すれば求められます。したがって、棚卸資産の総額の 推定額は、 6,000,000-33,255≦M≦6,000,000+95,055 (下限)5,966,745千円~(上限)6,095,055千円 であることが95%の信頼度で推定できます。直接法で求められた結果と誤差法で求めら れた結果を比較すれば、誤差法による方がはるかに高い精度で棚卸資産の総額が推定され ていることが分かります。 表:表 4-5
4-5 誤差率法の計算例を示してください。
直接法と比べた場合、誤差率法は誤差法と同じような特徴を持っているといえます。誤
差率法の計算の手順は表4-6に示されています。 修正後の金額 56,081 誤差率=―――――― =―――――― 帳簿上の金額 55,772 =1.00554 (4・3)式及び表4-6により、1件当たりの標本誤差を求めます。 E=33.32×0.195=6.4974 したがって、棚卸資産の総額は次のとおり推定できます。 6,000,000×1.00554-6.4974×10,000 ≦m6,000,000×1.00554+6.4974×10,000 6,033,240-64,974≦m≦6,033,240+64,974 (下限)5,968,266千円≦m≦(上限)6,098,214千円 表:表 4-6
4-6 推定変数サンプリングにおけるサンプル数はどのようにして計算されますか。
必要サンプル数の計算の手順は次のとおりです。
(1)母集団数を見積ります(設例では10,000件です。)。 (2)信頼度を決定します(設例では95%と決定されました。)。
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(3)希望するサンプル誤差の範囲(精度)を決定します(例えば、±3億円の範囲内で 推定計算を行いたいとします。)。 (4)予備サンプルを約50件抽出し、標準偏差を計算します。 (5)数表又は算式により必要サンプル数を求めます(σ=340千円と仮定します。)。 上記(3)の精度は、監査人の重要性の判断に基づいて決定されます。例えば、設例の 甲乙会社の当期純利益が120億円であったとします。監査人はこの純利益の5%、すな わち、6億円を重要性の判断基準としているものとします。サンプリングのサンプル誤差 を6億円の範囲におさめるためには、その2分の1の額(±3億円)を精度として決定し ます。±3億円とは、まさに6億円の幅を意味しているわけです。 数式により必要サンプル数を求めるには、次式を使用します。 数式:必要サンプルを求める数式
すなわち、求めるサンプル数は470となります。 推定変数サンプリングのサンプル数は他のファクターを一定とすると標準偏差の自乗に 比例して増加します。したがって、サンプル数を小さくするには標準偏差をできる限り小 さくすることが必要です。誤差法や層別サンプリングの考え方はまさにそのために生まれ てきたともいえます。
4-7 層別サンプリングについて説明してください。
1.例外管理の原則と層別サンプリング(Stratified sampling)
監査人が監査手続を適用する場合には、まず監査対象項目の中の例外事項や異常事項に 着目し、それらの分析に多くの時間を消費します。また、監査対象項目がいろいろな金額 の項目を含んでいる場合には、重要性の高い項目により多くの時間を費やします。このよ うに監査人は、すべての監査項目に等しく時間を配分するよりも、その中の特定のグルー ブに注意する方がより効果的であることを経験的に知っています。この重点監査の方法は、 統計理論的にもその科学性が裏付けられています。この方法は経営学では例外管理の原則 と呼ばれ、統計サンプリングでは層別サンプリングと呼ぶことができるでしょう。 2.層別サンプリングの目的
層別サンプリングとは母集団をその性質に応じていくつかの層に分割し、それぞれの層 別にサンプル調査を行って、その結果から母集団全体の評価を行う方法です。変数推定サ ンプリングを監査に適用する場合には金額の重要性に応じて、母集団を層化することが普 通です。例えば、母集団を3層に層化する場合、母集団の中の金額の最も高い項目をひと つのグループとして、これについては100%調査を行い、それに次で金額の高い項目を 別のグループとして、これにはサンプル数を多くしたサンプル調査を行い、残りの項目を 更にひとつのグループとみて、サンプル数の少ないサンプル調査を行い、それぞれの結果 を総合して母集団全体に対する評価を行います。母集団全体に対する評価を必要としない 場合には、層別に無層化サンプリングの方法を適用することになります。 層別サンプリングを行う理由は次の4点に要約できます。 (1)無層化サンプリングと比べ、同一のサンプル数でより精度の高い評価を行います。 すなわち、サンプリングの経済性を高めます。 (2)母集団分布にゆがみがある場合、すなわち、片寄った分布をしている場合に、この ゆがみを排除します。
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(3)母集団の中の例外項目や重要性の高い項目に監査の重点を置きます。 (4)監査が多くの場所で多数の監査人によって分担されている場合、各監査人の仕事を 総合して母集団全体に対する意見形成を行います。この方法は属性サンプリングにも適用 されることが多いのです。 母集団を2層に層化する方法は、非統計サンプリングの方法において、監査人が例外事項 や重要性の高い項目に多くの時間を配分する方法と共通の基盤に立つものであるといえま しょう。この2層による方法は監査対象の中よりまず例外事項に属すると判断される項目 を全数調査し、それ以外の項目を母集団とみてサンプル抽出を行い、後で結果を総合する 方法です。この方法は単純任意抽出法に比べ、著しくサンプリングの効果を高める方法で す。しかしながら、この方法は無層化サンプリングの方法を用いて実施できるので、ここ では母集団を3層に層化する方法を紹介しましょう。4層以上に層化する場合にも、ここ で紹介する方法をそのまま使用することができます。 3.層化の方法
母集団をどのくらいの階層に層化するかということは、母集団の特性や監査の状況に応 じて決定される問題であり、一般的なルールはありません。母集団を地域や担当監査人ご とに層化する場合には、地域の数や担当監査人の数によって階層の数が決定されることに なります。一方、母集団を金額等によって層化する場合に、あまり階層を多くすると手数 のみを要するばかりで効果がありません。一般に、母集団を2層に層化することは、層化 しない場合に比べ十分効果があるが、3層に分けることが2層に分ける場合より良い場合 は、ごくわずかであるといわれています。 母集団を3層に層化する場合には、 (1)母集団の中の例外事項や重要性の高い項目で監査人が全数調査を行うべき項目を抽 出し、これを第1層とします(4.で説明します。)。 (2)残りの項目については標準偏差(金額のばらつき)の大きさに応じて層化します。 すなわち、ある金額帯に属する比較的少数のグルーブの標準偏差が大きい場合には、これ をひとつの階層とします。 (3)逆に標準偏差が小さく件数が著しく多いグループがあるときは、これをひとつの階 層とします。 (4)このように区別された階層以外の項目を第3層とします。ただし、第3層が小さい 層となった場合には、その層の平均値や標準偏差が他の層と大きく相違しているかどうか を検討することが必要です。そうでない場合には層化の方法を再検討した方が望ましいの です。
一般に層別サンプリングを計画する場合には、無層化サンプリングに比べて、母集団に ついて多くの資料と予備知識を必要とすると言われています。特に各階層に含まれる件数、 標準偏差及びそれぞれの層の調査に要する費用を見積る必要があります。 4.層別サンプリングにおける全数調査を行う項目の選別基準
層別サンプリングにおいて全数調査を行う項目をどのように選別するか、すなわち、第 1層をどのように設定したらよいかについて、3つの方法を示しておきましょう。これら の方法の結果は通常一致しないため、状況に応じて最も適当と思われる方法を選択すべき でしょう。 (1)許容サンプル誤差(精度)と同額かそれ以上の金額の項目をすべて含めます。後述 の設問4-8では精度を±11,000千円としているため、1件当たりの金額が11,
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000千円以上の項目をすべて含めることになりましょう。設問ではこのような項目はあ りません。 (2)全項目の平均金額の10倍以上の金額の項目をすべて第1層に含めます。設問4- 8の例題では全項目の平均金額(点推定値)は12.56千円であるから、125.6千 円以上のものをすべて第1層に含めることになります。設問ではこの金額より若干低い1 00千円以上のものを第1層としています。 (3)第3の方法は少し複雑です。今、n/N=αとすると、 数式:第3の方法 すなわち、628千円以上の項目を第1層とします。
4-8 層別サンプリングを計算例により説明してください。
甲乙株式会社の監査において監査人は売掛金の確認手続を層別サンプリングの方法によ り行うことを計画しています。会社の顧客は大別して3種類に区分することができます。 最も重要性が高いのは商社や特約店を中心とした大口需要家であり、取引先は30件で売 掛金の残高の約30%を占めています。次にデパートやスーパーを中心とした需要家があ り、その件数は1,000件で売掛金残高の約35%を占めています。残りは小売店への 直接販売であり、その件数は10,000件、金額は売掛金残高の同じく約35%を構成 しています。期末の売掛金の帳簿残高は139,000千円です。
監査人は大口需要家30件については全件確認状の発送を行い、それ以外の顧客につい てはこれを2層に層化して、それぞれから40件の顧客を抽出して確認状の発送を行いま した。確認状は全件返送を受けました。その結果は表4-7に要約されています。監査人 はこの結果を使用して信頼度95%で売掛金残高の妥当性を確かめたいと思います。 表:表 4-7 1.層別サンプリングにおける母集団の平均値の推定
層別サンプリングにおける母集団の平均値の推定とは、売掛金全体の平均値を推定する ことです。売掛金全体の平均値が推定できれば、後は、売掛金の総件数を乗ずることによ って、売掛金の残高が推定できます。変数推定サンプリングでは、このようにまず母集団 の平均値を一定の精度で推定し、これに総件数を乗じて総額を推定します。したがって、 総件数の見積りに誤差がある場合には、総額の推定にも誤差が生ずることになります。 さて、層別サンプリングにおける売掛金残高の推定のプロセスは次のとおりです。 数式:階層別サンプリングの推定プロセス(1) (2)層別にサンプル誤差(Ei)を計算します。サンプル誤差(Sampling e rror)の計算は下記の式を使用し、信頼度95%で計算します。Rの値は数表(中瀬
宏通訳「監査の統計的手法」付表7)か、又は、
数式:Rの値 ただし、Eiとは第i層のサンプル誤差を意味します。 計算の結果は表4-9に示されています。第1層は100%調査が行われたのでサンプル 誤差は0です。 (3)各層別に計算されたサンプル平均値を加重平均して母集団全体の点推定値(poi ntestimate)を計算します。 数式:式(4・8)
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計算の結果は表4-10に示されています。 (4)上記(2)で計算された層別のサンプル誤差を、下記の式に代入し、母集団全体に 対するサンプル誤差(E)を計算します。 数式:式(4・9) 計算の過程及び結果は表4-11に示されています。 (5)上記(3)と(4)の結果を使用して信頼度95%で母集団の平均値を推定します。 母集団の平均値をmとすれば、 数式:式(4・10) (4・10)式に計算された数値を代入すると、 12,566-1,026<m<12,566+1,026 これは1件当たりの金額ですから、売掛金の総件数を乗じますと、 127,286千円<m<149,919千円 となります。すなわち、監査人は110件の確認状の結果から95%の信頼度で売掛金の 残高は、127,286千円(下限)から149,919千円(上限)であると推定しま した。会社の帳簿上の金額139,000千円はこの範囲に含まれており、したがって、 売掛金の帳簿残高は妥当なものであるとの結論に到達することができます。 表:表 4-8 表:表 4-9 表:表 4-10 表:表 4-11 (注)設例では発送した確認状が全件返送されたと仮定されています。実際にはこのよう に全件返送を受けることは困難でしょう。未返送の問題については、佐藤弥太郎著「新統 計的試査」(中央経済社)の中に解説があります。
また、サンプリングにより売掛金の確認を行う場合には、残高について確認を求めるよ り、残高の中から特定の請求書を抽出して確認を求める方が返送を受けやすいのです。こ の方法は商社等に確認を求める場合に特に有効です。この場合のサンプリングの方法は、 件数を未回収請求書の総件数とし、売掛金残高を請求書の金額に置き代えるだけで、ここ に解説されている方法がそのまま使用できます。
4-9 層別サンプリングにおける必要サンプル数の計算について説明してください。
1.必要サンプル数の層別最適配分
設問4-8ではサンプル数の決定については、何ら説明がなされませんでした。また、 監査人が得た推定値の範囲についても監査人は±13,446千円(11,030×1, 219)のサンプル誤差(精度)に満足できるかどうか説明されませんでした。以下これ らの諸点について検討していきましょう。 さて、最初に層別サンプリングにおいてサンプル数を各層に配分する場合の最適配分の方 法から検討してみましょう。最適配分とは全体のサンプル数を一定とした場合に、サンプ ル誤差を最小にするサンプル数の配分方法です。ここで次の式を検討してみましょう。 数式:層別サンプリングにおける必要サンプル数の計算式 tは信頼度によって決定される係数ですから、いったん信頼度が決定されると定数となり ます。したがって、(4・11)式は、標準偏差σをサンプル数nの平方根で除したもの
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です。このことは標準偏差が2倍になったとき、同一のサンプル誤差を得るためには、標 準偏差を自乗した致すなわち4倍のサンプル数が必要であることを意味しています。 層別サンプリングにおけるサンプル数の最適配分比率は一般に次の式で求められます。 表:サンプル数の最適配分比率 最適配分とは精度を一定としたとき、総サンプル数が最小となるniを求める問題です。 精度を一定とした場合に総サンプル数nを最小にするためには、(4)を条件としてnを 最小とするniを求めればよいわけです。 表:最適配分の公式 このようにして(4・15)式を求めることができます。なお、ラグランジュの未定乗数 法については、岩切 清二著「微分積分学精説」(培風館)を参照してください。 2.必要サンプル数の算定(最適配分法)
先の設問に基づいてサンプル数を計算してみましょう。サンプル数の計算手順は次のと
おりです。 (1)信頼度を決定します(ここでは信頼度95%とします。)。 (2)サンプル誤差(精度)を決定します(ここでは±11,000千円とします。)。 (3)各層より30件以上の予備サンプルを抽出し、標準偏差を求めます(本例ではn1 =30,n2=40,n3=40のサンプルが抽出されました。)。 数式:サンプル数の計算 上記の式で計算された必要サンプル数は総数で96件であり。第1層は44件、第2層は 27件、第3層は25件です。 表4-12 表:表 4-12 3.必要サンプル数の補正計算
上記で計算されたサンプル数は、これをそのまま使用するよりも、次のような補正を行
った後使用する方がよいでしょう。 (1)各層のサンプル数が30以下である場合には、サンプル数を30とする。 (2)必要サンプル数がその層の母集団の件数を超える場合には、その層は全数検査を行 うこととなるので、全数検査を行う層を除外して(4・15)式により残りの層の必要サ ンプル数を再計算します。設例では第1層の必要サンプル数は44であり、これは第1層 の母集団の件数30を超えているので、第1層を除外して第2層、第3層の必要サンプル 数を再計算します。再計算の結果は表4-13に示されています。 (3)ある層の必要サンプル数がその層の母集団の件数の50%を越える場合には、監査 では、その層については全数検査を実施した方が(費用等を考慮しても)望ましいケース が多いため、検討が必要です。補正計算後のサンプル数は、いずれも上記の条件を満たし ています。したがって、このサンプリング・プランでは、最適サンプル数は第1層が30 件、第2層が43件、第3層が41件であることが分かります。 表:表 4-13 4.必要サンプル数の算定(比例配分法)
層別の標準偏差にほとんど差がない場合には、(4・15)式は次のとおり簡易化され
ます。これは比例配分法といわれる方法です。 数式:必要サンプル数の算定(比例配分法) で計算されます。
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階層を地域別又は事業部別等に層化した場合などで、標準偏差が層別に大きな差がない場 合、比例配分法を使用します。比例配分法では層別のサンプル数の配分は、層の大きさ、 すなわち、各層の母集団の件数に比例して行われます。 表:(注) (4・13)式、(4・17式)と(4・2)式との関係 (4・13)式が求められます。 5.調査費用とサンプル数の決定
これまでの議論はすべて調査に要する費用を無視してきました。言い換えるならば、調 査に要する費用はすべてのサンプルに等しく発生すると仮定してきました。もしもサンプ ルに要する調査費用が層別に異なる場合には、(4・15)式によるサンプル数の配分は 最適配分とはいえなくなります。調査費用を考慮に入れた場合の最適配分は次の式で与え られます。ただし、この場合にも同一層内のサンプル数1件当たりの費用は同一であると 仮定されています。 数式:サンプル数の決定式 さて、(4・21)式と(4・15)式の関係ですが、調査費用Ci=1と置いた場合に 両式は一致することが分かります。 調査費用が重要な要件となる場合には、監査人はあらかじめ選定した層別サンプリングの 実施に要する費用総額を計算しておくことが必要です。費用総額は次式によって計算され ます。 表:表 4-14 これらの資料は監査人がサンプリング・プランを設計する場合に有用な情報となるもので す。
第5章 理論変数サンプリング(監査リスク検定の理論モデル)
5-1 勘定残高の当否の検証テストに理論変数サンプリングを利用する場合の一連の手 順を示してください。
第4章で既に述べたところですが、変数サンプリングは、残高の推定計算、あるいは、 帳簿残高に含まれている誤謬の総額の推計を通じて、勘定残高の当否の検証テストに利用 することができます。本章では、勘定残高の当否検証テスト(実証テスト)に必要なサン プル数の決定から検証結果の評価方法に至る手順について、監査全体のリスクとの関連を 踏まえながらみていくことにします。
それでは、まず、一連の手順を示してみましょう。なお、ここでは無層化サンプリング
のうち直接法を採用したものとしてすすめていくことにします。 1.許容過誤採択危険率(Allowable risk of incorrect a cceptance)を決定し、これに見合う係数(許容過誤採択危険率係数)を求めま す。 許容過誤採択危険率は次の手順によって求めます。 (1)内部統制の有効性の評価を数量化します。 (2)分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価を数量化します。 (3)許容できる最終危険率(Allowable ultimate risk)を設 定します。
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(4)上記(1)、(2)、(3)により許容過誤採択危険率を算出します。 2.許容精度(Acceptable precision)を算出します。 許容精度は次の手順によって求めます。 (1)最大許容誤謬額(Tolerable error)を決定します。 (2)信頼度を決定し、これに見合う係数(信頼度係数)を求めます。 (3)上記(1)、(2)及び許容過誤採択危険率係数をファクターとして許容精度を算 出します。 3.母集団数を見積ります。 4.予備サンプルを抽出し、標準偏差を見積ります。 5.算式により必要サンプル数を計算します。直接法の場合の必要サンプル数nを求める 算式は次のとおりです。 数式:必要サンプル数nを求める算式 N=母集団の総数 R=信頼度係数 SD=予備サンプルにより求められた標準偏差 A=許容精度 6.乱数表等の利用によりサンプルを抽出します。 7.抽出されたサンプルについて、検証手続を実施します。 8.検証テストの実施結果の評価を行います。 この評価は次のような手順により実施します。 (1)検証手続を実施したサンプル項目の標準偏差を計算します。 (2)達成精度(Adjused precision)を算出します。 (3)もし達成精度が許容精度と一致しない場合には更に修正後精度(Achieved
precision)を算定します。
(4)母集団の残高を推定します。 (5)達成精度若しくは修正後精度と推定残高から帳簿残高の当否を判定します。
以下の設問では、前章までに述べられていないことを中心に説明を加えていくことにし
ます。
5-2 許容過誤採択危険率とは何ですか。それはどのように決定されるのですか。
設問2-1-4でサンプリング・リスクには、過誤棄却リスク(αリスク)と過誤採択 リスク(βリスク)という2種類のリスクがあることを説明しました。すなわち、今ある 特定の勘定残高の当否を試査により検証しようとしますと、帳簿残高に重要なエラーが実 際には存在しているにもかかわらず、試査項目の評価結果が帳簿残高には重要なエラーは 存在しないという結論を導いてしまう危険、過誤採択リスクと、これと逆に、帳簿残高に は重要なエラーが実際には存在していないにもかかわらず、試査項目の評価結果が帳簿残 高に重要なエラーが存在するという結論を導いてしまう危険、過誤棄却リスクの2種類の リスクが発生します。監査人側は、特に過誤採択リスクにより大きな関心をもっています。 というのは、過誤棄却リスクについては、今もし監査人が、帳簿残高が実際には正しいに もかかわらず、勘定残高の試査の結果、正しくないという結論を下したとしますと、被監 査側の要求により、監査人は追加的な監査手続を実施したり、新たな監査証拠の提示を受
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けたりして、通常最終的には、監査人の最初の結論は正しく修正されることになります。 この意味で過誤棄却リスクは被監査側にとってより関心のあるリスクといえるでしょう。 これに対して、過誤採択リスクについては、監査人が一度結論を下してしまうと、追加 的監査手続とか、試査範囲の拡大といったことは被監査側から要求されることもなく、結 論の修正される機会が少なくなります。したがって、監査人は、このリスクをいかにコン トロールするかにより多くの注意を払います。ところで、必要サンプル数の算出に当たっ て、これらのリスクはどのような影響をもっているのでしょうか。サンプル数を決定する その他の条件を一定とすれば、いずれのリスクもその危険率を小さく設定するほど、必要 サンプル数は大きくなります。サンプル数を決定する算式においては、過誤棄却リスクは 希望される信頼度(1-過誤棄却危険率)として、また、過誤採択リスクは許容過誤採択 危険率として考慮されます。
さて、許容過誤採択危険率はどのように決定したらよいのでしょうか。ここで米国公認 会計士協会から発行された監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」に述べられ ている監査のリスク・モデルをみてみるのが便利だと思われます。監査基準書第39号に よれば、試査を前提とする監査手続に固有の不確実性を最終リスク(Ultimate r isk)と呼び、これは財務諸表を作成するための会計手続の過程で重要なエラーが発生 する危険とその重要なエラーが監査人によって発見されない危険という2つの危険の結合 された結果であるとしています。これら2つの危険はそれぞれ内部統制の有効性と監査人 の実施する勘定残高の当否を確かめるための検証手続や比率分析等の分析的検討手続の有 効性に関係しているといえます。
今、ある一群の取引や特定の勘定についていえば、最終リスクとは、その一群の取引や 特定の勘定に許容され得る金額を超えるエラーが存在していて、監査人がそれを発見し損 う危険と言い換えることができます。この最終リスクをどの程度まで許容するかは、監査 人の判断の問題ですが、許容できる最終リスクと内部統制、勘定残高の当否の検証テスト 及び分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価との関係は次のようにリスク・モデルと して示すことができます。 UR=IC×AR×TD ここで、 UR=監査人が、ある一群の取引若しくは特定の勘定残高について必要と考えられる監査 手続をすべて実施した後で、なお未発見のまま残る誤謬額が最大許容誤謬額を超える危険 率、すなわち、監査人にとって許容できる最終危険率 IC=勘定残高の当否の検証に当たり、その試査の範囲の決定をするために監査人が依存 しようとしている内部統制がその不備のため発見し損う誤謬額が最大許容誤謬額を超える 危険率 AR=内部統制により発見されなかった誤謬について、監査人による分析的検討等の他の 監査手続が発見し損う誤謬額が最大許容誤謬額を超える危険率 TD=内部統制若しくは監査人による分析的検討等の他の監査手続で発見できず、しかも 勘定残高の当否の検証テストでも発見し損う誤謬額が最大許容誤謬額を超える危険率 勘定残高の当否の検証テストに当たりその必要サンプル数を決定するための許容過誤採択 危険率の決定は、上記リスク・モデルでTDをどの程度まで許容するかの問題を意味して います。この許容過誤採択危険率(TD)は、独自に設定されるというよりは、監査のリ スク・モデルの他の危険率が決定された後で次のように導かれます。
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TD=UR÷(IC×AR)
具体的に示してみましょう。今、売掛金残高の当否の検証テストに当たって監査人は、 内部統制により誤謬が発見されないかもしれない危険率(IC)を20%、分析的検討等 の他の監査手続によっても発見されない危険率(AR)を90%と評価し、更に許容でき る最終危険率(UR)を5%と設定したとしますと、勘定残高の当否の検証テストに許容 される過誤採択危険率(TD)は次のようになります。 TD=5%÷(20%×90%)=27.8%
5-3 内部統制の有効性の評価はどのように数量化したらいいのですか。
ある勘定残高の当否を確かめるための検証テストの範囲を決定しようとする場合、統計 サンプリングの利用いかんにかかわらず、監査人は通常、その内部統制の信頼性の程度を 考慮します。ある一群の取引や特定の勘定残高を統制する内部統制の評価は、普通、まず 質問書やフローチャート等を使用して第1次評価をした後、準拠性テストにより有効性の 評価を行うという手順によって行います。しかしながら、その内部統制の総合的評価は結 局、監査人の判断の問題となっています。統計サンプリングを利用しない場合、その総合 的評価は、通常、「良好である」とか、「まあまあである」とか、あるいは「良くない」 といった表現で示されているようです。したがって、勘定残高の当否の検証テストの範囲 決定に当たっても、「内部統制が良好であるから、通常より範囲を縮小しよう」とか、「内 部統制が良くないから、通常より範囲を拡大しよう」とかいった表現でなされることが多 いと考えられます。では、統計サンプリングを勘定残高の当否の検証テストに利用しよう とする場合はどうでしょうか。統計サンプリングを利用しようとする場合であっても、あ る特定の勘定残高や、ある一群の取引を統制する内部統制の総合的評価が、やはり監査人 の判断の問題であることにはまったく変わりありませんし、評価の手順も変るところでは ありません。しかしながら、許容過誤採択危険率を算定するために、内部統制の総合的評 価を何らかの形で数量化して示すのが普通です。
この内部統制の有効性を数量化する1つの方法には、次のようにパーセントにより示す
方法があります。 表:内部統制の総合的評価
ここでは、内部統制の有効度は0%から最高90%の範囲内で示されています。このこ とは、いかに優れた内部統制下にあっても、最大許容誤謬額を超える誤謬額を発見し損う 危険は、なお10%はあるだろうという仮定に基づいています。
なお、ここでの内部統制の総合的評価とは、あくまでも、ある一群の取引若しくは特定 の勘定を統制する内部統制の総合的評価を意味しており、監査対象となっている組織全体 の内部統制の総合的評価を意味するものではないことを付け加えておきます。
5-4 分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価はどのように数量化するのですか。
ここで、分析的検討等の他の監査手続とは、勘定残高の当否を確かめる監査手続のうち、
今、統計サンプリングを適用して実施しようとしている手続以外の監査手続をいっていま す。例えば、売掛金残高の当否を確かめるために、残高確認手続を統計サンプリングを適 用して実施しようとしている場合、年齢調べや、期末日以後の入金状況の調査、期末の売
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上カット・オフの妥当性のテスト、前期比較、比率分析といったような手続がここでいう 分析的検討等の他の監査手続になります。これらの分析的検討等の他の監査手続の有効性 は内部統制の有効性とともに、統計サンプリングを適用して実施しようとしているある検 証手続(ここでは、残高確認手続)の許容過誤採択危険率(TD)を算出する場合に、し たがって、また必要サンプル数の大きさに影響してきます。今、他の条件を一定とします と、分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価が高いほど許容過誤採択危険率(TD) が高くなり、したがって、必要サンプル数の大きさは小さくなります。
この分析的検討等の他の監査手続の有効性の評価は、内部統制の有効性の評価同様、監 査人の判断の問題になります。これを数量化する方法には、次のように、内部統制により 発見し損った誤謬を分析的検討等の他の監査手続により発見できる確率としてパーセント で示す方法があります。 表:分析的検討等の他の監査手続の有効性
5-5 許容精度はどのように決定されるのですか。
今、ある勘定残高の当否を検証するために変数サンプリングを利用しようとしますと、 サンプルの大きさを決定するためのファクターとして許容精度を決定しておくことが必要 です。この許容精度(A)は次の算式により求められます。 A=TE×R/(R+TD) ここで、 TE=最大許容誤謬額 R=信頼度係数 TD=許容過誤採択危険率係数
つまり、許容精度とは、あらかじめ期待されている信頼度と許容過誤採択危険率によっ て修正された「許容できる最大誤差の範囲」ということができます。他の条件を一定とす れば、許容精度を高くするほど、必要サンプル数は大きくなります。
ここで、まず、最大許容誤謬額(TE)はどのように決定されるのでしょうか。監査人 は、ある一群の取引若しくは特定の勘定の帳簿残高について、ある検証テストを実施しよ うとする場合、あらかじめその特定の帳簿残高に対して監査人にとって許容できる最大誤 謬金額を定めておく必要があります。すなわち、この最大許容誤謬額は、その帳簿残高に 存在する誤謬がこの金額の範囲内であれば、財務諸表は金額的重要性の観点から誤って表 示されてはいないと結論できる金額ということになります。
次に、信頼度は、設問5-2の説明でも触れましたが(1-過誤棄却危険率)で与えら
れます。過誤棄却危険率をどの程度にするかは結局、監査人の判断の問題となります。 さて、信頼度や過誤採択危険率について、ここで、これらに見合う係数を正規曲線面積表 によって求める方法を説明しておきましょう。 (1)例えば、信頼度90%に見合う係数(信頼度係数)は、これを2で除した数0.4 5に対応する係数1.65を読んで求めます。 (2)許容過誤採択危険率20%の場合、これに見合う係数(許容過誤採択危険率係数) は、0.5から20%を控除した数0.3(表では、0.2995が最も近い)に対応す る係数0.84を読んで求めます。 表:表 5-1
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5-6 検証テスト実施結果の評価方法について説明してください。
変数サンプリングを利用してある勘定残高の当否の検証テストを実施した場合、その検 証結果の評価は、まず、検証結果に基づき推定残高(EAV)とその勘定の帳簿残高士修 正後精度(A”)を算出しその上で両者を比較することにより行います。すなわち、推定 残高(EAV)が帳簿残高士修正後精度(A”)の範囲内にあれば、監査人は、その勘定 の帳簿残高には最大許容誤謬額を超える誤謬が含まれていないであろうという結論を下す ことができるわけです。
ここで、まず、直接法による場合の推定残高(EAV)の算出方法を示すと次のように
なります。 数式:推定残高の算出方法 次に修正後精度(A”)ですが、まず検証手続を実施したサンプル項目の標準偏差を算定 し、これにより標準誤差(SE)を算出しておきます。(標準偏差の算出方法については、 第4章に詳しい説明があります。)その上で、達成精度(A’)を計算し、そして、修正 後精度(A”)を算出するという手順になります。 数式:修正後精度の算出
ここで修正後精度とは、結果として生じる過誤採択危険率が(5・2)式で算定された 許容過誤採択危険率に等しくなるように修正された精度を意味していますが、もし達成精 度が許容精度と同額であれば修正後精度を算定する必要はなく、代わりに達成精度をとれ ばよいわけです。すなわち、達成精度と許容精度との相違は、結局、サンプル項目から算 定された標準偏差と必要サンプル数の算定に当たり考慮された標準偏差とが異なることに より生じてくるということができます。
なお、具体的な計算例については、次の設問5-7で示すことにしましょう。
5-7 監査リスク検定に適用した理論変数サンプリングの計算例を示してください。
A社は比較的少額の商品を取り扱う販売会社ですが、売掛先件数が多数で、しかも、各 売掛先ごとの残高にはそれほど大きなバラツキがありません。監査人は、A社の売掛金の 残高確認テストに理論変数サンプリングを適用して実施することにしました。A社の当期 末売掛金の帳簿残高は、200,000千円、また、相手先件数は3,500件でした。 監査人は、既にA社の販売取引に関連した内部統制の調査及び準拠性テストを完了してお り、その有効性の総合的評価を有効度80%としました。監査人は、また、期末の売掛金 残高の検証手続として、売掛先に対する残高確認のほかに、前期比較、年齢調べ、期末日 以後の入金状況の調査、期末の売上カット・オフの妥当性のテスト等の手続を実施する予 定ですが,残高確認以外のこれら監査手続の有効度を20%と考えています。すなわち、 今、売掛金の帳簿残高に、仮に、最大許容誤謬額を超える誤謬が存在したとして、それを 内部統制が発見し損う危険率を20%(1-内部統制の有効度80%)、また、残高確認 以外の監査手続が発見し損う危険率を80%(1-分析的検討等の他の監査手続の有効度 20%)と見積ったわけです。
さらに、監査人は許容できる最終危険率を5%と設定し、もし、95%の信頼度で実際 の売掛金残高が±10,000千円(最大許容誤謬額)の範囲内にあれば、売掛金帳簿残
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高200,000千円は妥当なものとして受け入れることができると考えています。
以上の条件により、まず、残高確認テストに対する許容過誤採択危険率を(5・2)式 から31.25%(5%÷(20%×80%))と計算し、これに見合う係数O.49を 正規曲線面積表から求めました。また、許容精度は(5・3)式から次のように算出され ます。 10,000千円×1.96 /(1.96+0.49)=8,000千円 1.96は信頼度95%に見合う係数でやはり正規曲線面積表から求められます。 次に必要サンプル数の算定に必要なもう1つのファクターである標準偏差の求めなければ なりませんが、ここでは抽出された予備サンプルにより算定された標準誤差が10千円で あったとします。必要サンプル数は(5・1)式から次のように算出されます。 数式:必要サンプル数の算出
監査人は73件の売掛先を乱数表を利用して抽出し、残高確認手続を実施しました。売 掛先から回答されたA社の帳簿残高との相違はその内容、性質が分析され、監査目標に照 し、A社の帳簿残高のエラーであるか否かが判断され、結局、確認手続を実施された売掛 先に対する売掛金の標準偏差は13千円であったとします。標準誤差、達成精度は、ここ では、それぞれ(5.5)式、(5.6)式から次のように算出されます。 数式:標準誤差、達成精度の算出 ここで達成精度10,210千円は許容精度8,000千円と相違していますので、(5・ 7)式により修正後精度7,448千円(10,210+10,000(1-10,21 0/8,000))が算出されます。
次に売掛金の推定残高が(5・4)式から算定されるのですが、抽出された73件の売 掛先の1件当たり平均売掛金残高が58千円であったとしますと、推定残高は203,0 00千円(58千円×3,500件)と計算されます。この推定残高は203,000千 円は帳簿残高±修正後精度すなわち、200,000千円±7,448千円の範囲内に入 っていますので、監査人は、A社の売掛金帳簿残高200,000千円は妥当なものとし て受け入れることができるとの結論を下すことになります。
第6章 確率比例サンプリング
6-1 確率比例サンプリングの目的と前提条件について説明してください。
属性サンプリングは、主に内部統制手続の準拠性テストに利用され、理論変数サンプリ ングは、実証テストに利用されますが、確率比例サンプリング(Probability -proportional-to-sample-size sampling)は、 準拠性テストにも、実証テストにも利用できる属性サンプリングを変形した手法です。 サンプリング手法の決定に際して考慮すべき点は、サンプルから得られる結論が、監査目 的に合ったものであるか、あるいは、その手法の前提とする条件が、サンプルの対象とす る母集団の特性に合っているかという点です。確率比例サンプリングは、母集団に含まれ るエラーを金額によって表すことができ、財務諸表が金額によって表示されていることを 考えますと、監査用サンプリングに適しているといえます。確率比例サンプリングでは、 サンプルの調査結果に基づき、サンプルの対象とした勘定残高ないし取引(母集団)に含
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まれる誤謬額は、X%の確率(信頼度)でY円を超えていないというように表すことがで きます。したがって、監査の結果、母集団の帳簿価額を受け入れるかどうかは、サンプル を評価し、計算したこのY円と重要性の金額とを比較して結論付けることができます。
確率比例サンプリングを適用するに当たり、この手法の前提とする条件が、母集団に適 用できるかを確かめる必要があります。確率比例サンプリングには、以下の2つの基本的 前提条件があります。 (1)この手法は、ポアソン確率論に基礎を置いてサンプル評価を行っているため、母集 団に含まれている誤謬率は極めて少なく(通常10%未満)、母集団の構成項目は、2, 000件以上からなっていること。 (2)母集団に含まれている誤謬額は、その項目の帳簿価額を超えていないこと。例えば、 ある得意先の売掛金元帳残高が500,000千円の場合には、その残高に含まれている 誤謬額は、500,000千円を超える過大計上はないということであり、過少計上は、 この手法からは効果的に発見することはできません。
これらの前提条件が監査対象の母集団に適合でき、この手法から得られる結論が監査目
的に合っている場合には、確率比例サンプリングを適用することができます。
6-2 確率比例サンプリングの基本概念について説明してください。
確率比例サンプリングは、属性サンプリング理論を基礎とし、母集団項目の大きさに比 例した標本単位を抽出し、母集団に含まれる最大誤謬額(又は上限精度)を計算する方法 です。確率比例サンプリングは、母集団中の個々の金額単位に、等しい抽出確率を与える 方法であり、適用方法、サンプルの評価方法等に幾分かの差異がありますが、一般にこの ほか、金額単位サンプリング(Dollar unit sampling)、累積金額 サンプリング(Cumulative monetary amount sampli ng)、属性変数総合サンプリング(Combined attribute vari able sampling)等と呼ばれているものであります。
監査実務上は、抽出された個々の金額単位の妥当性を調査することは困難ですので、抽 出された金額単位を含む取引金額とか勘定残高を調査します。この調査される残高ないし 取引が「論理単位」と呼ばれるものであり、金額の大きい論理単位である残高や取引は抽 出確率が高く、金額の少ない残高や取引は抽出確率が低くなり、層別サンプリングを行っ たと同様の効果があります。
統計上の信頼性は、信頼度(reliability level)と精度(prec ision)の関係で表すことができますが、ポアソン分布理論を基礎とする信頼度は、 次の信頼係数(reliability factor)で表されます。 信頼度 信頼係数 ――― ―――― 99% 4.61 95% 3.00 90% 2.31 86% 2.00 85% 1.90 80% 1.61
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75% 1.39 70% 1.21 63% 1.00 50% 0.70
信頼度とは、母集団に含まれる実際のエラー率(又は誤謬額)が精度を超えている場合 に、少なくともサンプルの中にエラーを含む項目が1つ以上含まれる数学的確率をいいま す。例えば、信頼係数3.0、上限精度(最大許容誤謬額)3,000千円でサンプルを 抽出した場合、実際に母集団に3,000千円以上のエラーが含まれている場合には、サ ンプル項目中にエラーを含む項目が少なくとも1件以上含まれる数学的確率は、95%で あるということであり、サンプル項目にエラーを含む項目が抽出されない確率(危険率) は5%(1-0.95)となります。
監査人が抽出したサンプル項目を正当な注意をもって誤りなく調査できたとすると、 (1)サンプル項目に1件もエラー項目が含まれていなかった場合は、95%の信頼性を もって、その母集団には3,000千円超のエラーは含まれていないこと (2)また、サンプル項目にエラー項目が含まれていた場合には、そのエラーを統計的に 評価することにより、修正後の上限精度を計算し、修正後の上限精度とエラー見積額との 合計を超えるエラーは95%の信頼性をもって、母集団に含まれていないことを確証でき ます。
6-3 確率比例サンプリングの手順について説明してください。
確率比例サンプリングの適用手順は、他の統計サンプリングの手順と基本的に同じです が、このサンプリングの特徴は、精度を金額によって指定することです。以下、その手順 の概要を説明します。 (1)監査対象母集団、母集団項目を定義し、監査目標を設定します。 (2)サンプル抽出のためのパラメーターを決定します。基本的なパラメーターは、最大 許容誤謬額、誤謬額の上限精度及び信頼度です。 (3)(2)のパラメーターからサンプル抽出間隔を計算します。 (4)サンプル抽出方法を決定し、サンプルを抽出します。 (5)抽出されたサンプルについて調査し、監査目標に照らし、エラーの有無を検定しま す。 (6)サンプルの調査結果、エラーが発見された場合には、エラー見積額及び修正後上限 精度を計算します。 (7)エラー見積額及び修正後上限精度は、最大許容誤謬金額に照らし、監査上受け入れ られるものかを決定します。
6-4 確率比例サンプリングのパラメーターの決定方法について説明してください。
確率比例サンプリングは、主に母集団について指定した誤謬金額の上限精度を超える過 大計上がないかどうかを調査する手法です。この手法は、実証テストに広く用いられます ので、その場合のパラメーターの決定について説明しましょう。
確率比例サンプリングの基本的パラメーターは、(1)最大許容誤謬額、(2)誤謬額
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の上限精度及び(3)信頼度です。以下、それぞれの決定方法について説明しましょう。 (1)最大許容誤謬額の決定
最大許容誤謬額とは、監査上、財務諸表に許容できる誤謬額の最大値であり、経常損益、
純利益、流動資産、運転資本、資本等並びに当年度の予算数値、過去数期間の推移、業界 の動向等をも考慮して決定します。 (2)誤謬額の上限精度
監査対象母集団に適用する精度であり、(1)の最大許容誤謬額に基づき決定されます。 母集団に誤謬が予想されない場合は、最大許容誤謬額をもって一般に上限精度としますが、 過去の監査経験、内部統制の評価及び運用状況の準拠性テストを実施し、母集団に一定の 誤謬額が予想される場合には、誤謬予想額を推定し、その額を最大許容誤謬額から控除し て、誤謬額の上限精度を決定します。これは、確率比例サンプリングは、母集団に含まれ る誤謬額が極めて少ない母集団に適用できるサンプリング手法であるため、母集団に誤謬 額が発見された場合に、修正後上限精度は実際に含まれる誤謬額よりも幾分高めに評価さ れ、最大許容誤謬額を超える結果となります。したがって、誤謬額があらかじめ予想され る場合には、精度を低めに設定し、修正後精度が最大許容誤謬額を超えることのないよう あらかじめ配慮するためです。上限精度は、誤謬予想額に下記の信頼度に対応する拡張係 数を掛け合わせて、最大許容誤謬額から控除する誤謬見積額を計算します。 表:信頼度
例えば、監査人が信頼度を75%と指定し、母集団におおむね20,000千円の誤謬 額が含まれていると予想した場合に、最大許容誤謬額から控除する誤謬見積額は25,0 00千円(20,000千円×1.25)となります。 (3)信頼度の決定
信頼度は、内部統制の有効性及び分析的検討手続等の他の監査手続の有効性の評価結果
に基づき、実証テストに許容できる危険率(1-信頼度)を基に決定します。 例えば、最終リスク(UR)を5%、内部統制により誤謬が発見されない危険率(IC) を30%、分析的検討等の他の監査手続(AR)により誤謬が発見されない危険率を50% とした場合に、実証テスト(TD)に許容できる危険率は、設問5-2の公式から25% (5%÷(40%×50%))となり、信頼度は75%(1-25%)となります。
6-5 確率比例サンプリングのサンプル抽出方法について説明してください。
確率比例サンプリングの系統的抽出法(Systematic selection method)が広く用いられていますので、この方法を説明しましょう。系統的確率比 例サンプリングは、母集団をサンプル抽出間隔を用いて同一金額のグループに区分し、そ れぞれのグループから1件の論理単位を抽出する方法です。
サンプル抽出間隔は、上限精度を設問6-2で示した希望する信頼係数で除して計算し
ます。 上限精度 サンプル抽出間隔= ―――――― 信頼係数
例えば、監査人は、95%の信頼度(信頼係数3.0)で母集団に30,000千円以 上の誤謬額が含まれているかどうかを確めたい場合、サンプル抽出間隔は10,000千
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円(30,000千円÷3)となります。
系統的抽出法では、1からサンプル抽出間隔までの間のランダム・ナンバーを選び、母 集団の論理単位である帳簿価額を加算し、その累計額が、ランダム・ナンバーに対応する 金額が含まれる論理単位を最初のサンプルとして抽出し、その後、順次、論理単位を加算 し、抽出間隔の倍数の値を含む論理単位をサンプルとして抽出していきます。例えば、上 記の例で0629のランダム・ナンバーが選ばれたとすると、第1番目の項目は、母集団 の論理単位累計額が629千円含む項目、第2番目のサンプルは、累計額が10,629 千円を含む論理単位、第3番目のサンプルは、累計額が20,629千円、その後、30, 629千円、40,629千円……等々、母集団項目すべてがサンプルの対象となるまで 抽出を続けます。
系統的抽出法では、サンプル抽出間隔以上の論理単位は、1度以上抽出される可能性が ありますが、同一の論理単位については、抽出の繰返しを無視します。このため、サンプ ルにエラーが含まれていた場合には、抽出間隔を超えるサンプルとその他のサンプルとを 区分して評価します。
系統的抽出法を採用する場合には、母集団項目の順番に特定の周期性があり、規則的な いしは循環的に誤謬が含まれている場合には、母集団の特性を代表する項目がサンプルと して抽出されない可能性があります。この場合には、ランダム・スタートを変えたり、ラ ンダム・スタートを数個選択する等の特別な配慮をする必要があります。
確率比例サンプリングは、母集団一の過大計上を調査することを目的とする手法である ため、母集団にマイナス項目が含まれている場合には、それらの項目を区分し、別途調査 する必要があります。
6-6 系統的確率比例サンプリングのサンプル抽出手続を具体例により説明してくださ い。
A社の棚卸資産は、移動平均原価法に基づく低価法で評価されており、期末残高の評価 額の過大計上の有無を調査するため、監査人は、系統的確率比例サンプリング法を用いて サンプルを抽出することに決定しました。上限精度及び信頼度に基づきサンプル抽出間隔 は20,000千円と計算されました。監査人は棚卸資産の期末残高明細表を入手し、ラ ンダム表を用いて、抽出間隔未満である06432をランダム・スタートとして選びまし た。監査人は、加算機を利用し、各項目の累計額を計算しながらサンプルの抽出を行うこ ととしました。
監査人は、期末棚卸資産残高682,964千円から下記のようにサンプル数を計算し
ました。 母集団金額 682,964千円 ランダム・スタート △ 6,432 合 計 676,532(A) サンプル抽出間隔 20,000(B) サンプル数(A/B+1) 34件 サンプル抽出間隔を超える論理単位は、一度以上抽出される可能性があるので、実際のサ ンプル数は34件より少ないことがあります。 (1)系統的抽出法の第1法
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母集団項目の累計額が、それぞれ6,432千円、26,432千円(6,432+2 0,000)、46,432千円(26,432+20,000)、66,432千円(4 6,432+20,000)、86,432千円(66,432+20,000)……以 上になる論理単位をサンプル項目として抽出します。監査人は、残高明細表を入手し、下 記に示すように加算機を利用して母集団項目の累計を計算しながら、論理単位抽出のため の目標金額と比較し、その累計額が、目標金額を最初に超えた論理単位をサンプルとして 抽出します。 表:論理単位のサンプル (2)系統的抽出法の第2法
基本的には第1法と同じ考え方ですが、この方法は、母集団項目の累計額が抽出間隔を 超えた場合に、その項目をサンプルとして抽出し、累計額からサンプル抽出間隔を控除し、 その残高に母集団項目を加算していく方法であります。加算機を利用した場合の具体例を 下記に示しましょう。 表:系統的抽出法の第2法
上に示したようにランダム・スタートをマイナスとして加算機に入れてあるので、最初 にサンプルとして抽出される項目は、累計額が、最初にブラスになる項目が選ばれます。
6-7 確率比例サンプリングの評価方法について説明してください。
サンプル調査の結果、エラーが1件も発見されなかった場合には、サンプル設計に用い た精度と信頼度が達成されたこととなり、特別なサンプルの評価は必要となりません。し たがって、サンプルの設計に用いた信頼度で、母集団には上限精度を超すエラーが含まれ ていないという結論を導き出すことができます。
サンプルの中にエラーが1つ以上発見された場合には、母集団に対するエラーの影響額 を計算しなければなりません。エラーを評価する目的は、サンプルを調査した結果から、 信頼度を一定として、修正後の上限精度を計算することです。理論的には、信頼度を修正 することも考えられますが、エラーが発見された場合には、信頼度を一定と仮定して、修 正後精度を計算するのが一般的な方法です。
サンプル中にエラーが発見された場合、母集団中に含まれるエラーの見積りと修正後の 上限精度を計算する方法をここでは説明します。前にも述べましたように確率比例サンプ リングは主に過大計上を調査するためのものでありますので、過大計上に限定してこの方 法を説明します。
サンプル項目として抽出された各項目は、その抽出間隔を代表するものであり、論理単 位に含まれるエラー率は、1つのサンプル抽出間隔に含まれるエラー率を意味しておりま す。
例えば、抽出間隔1,000千円で抽出された300千円のサンプル項目が全額過大計 上であった場合には、その抽出間隔のエラー見積額は1,000千円(100%×1,0 00)となり、抽出間隔1,000千円で抽出された500千円のサンプル項目が、20 0千円過大計上であった場合には、その抽出間隔のエラー見積額は400千円(40%× 1,000千円)となります。
また、抽出間隔以上の項目にエラーが発見された場合には、エラー見積額は、その論理 単位に含まれていた実際エラー価額が、その抽出間隔に含まれていたエラー見積額となり
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ます。
修正後の上限精度は、基本的精度にエラー見積額と上限精度の増加高を加算して計算し、
修正後の上限精度が監査上受け入れられるものかどうかを判断します。
下の表は、信頼度95%の場合の信頼係数と過大計上のエラー件数に見合う信頼係数を 示したものです(設問6-11、表6-1の確率比例サンプリングの信頼係数累計表)。 エラー件数 信頼係数 信頼係数増加高 ――――― ―――― ――――――― 0 3 ―― 1 4.75 1.75 2 6.30 1.55 3 7.76 1.46 4 9.16 1.40 5 10.52 1.36
サンプル調査の結果、エラーが1件も発見されなかった場合の上限精度は、エラー・ゼ
ロの場合の信頼係数とサンプル抽出間隔を掛け合せたものに等しくなります。
抽出されたサンプル項目の全部がエラーであった場合(例えば、95%の信頼度で1, 000千円の抽出間隔を用いてサンプルした結果、30千円と50千円の2件の売掛金が 全額過大計上であった場合)、実際のエラー件数に対応する信頼係数とサンプル抽出間隔 とを掛け合わせ、エラーの上限を計算します。この例では、エラーの上限は、6,300 千円(1,000千円×6.3)となります。この6,300千円は、エラー見積額2, 000千円(100%のエラー2件×1,000千円)と上限精度の増加高4,300千 円(6,300千円-2,000千円)から構成されます。
サンプル抽出間隔以上の項目について発見されたエラーの上限は、(1)実際のエラー 額と、(2)エラー件数0の信頼係数とサンプル抽出間隔とを掛け合せた上限精度(基本 的精度)の合計に等しくなります。
サンプル抽出間隔未満のサンプルの一部分がエラーであった場合には、誤謬率(サンプ ル項目に対するエラー割合)を計算し、その率とサンプル抽出間隔とを掛け合わせ、エラ ー見積額を算定します。エラーの上限を算定するためには、エラーの発生から生ずる上限 精度の増加高を計算します。サンプル抽出間隔以上のサンプルから発生したエラーは、そ のすべてがサンプル項目として抽出されていますので、上限精度の増加高はありません。 サンプル抽出間隔未満の論理単位に対する上限精度の増加高は、エラー見積額をその大き さに従ってランク付けし、(1)論理単位に発生した各エラー見積額と信頼係数増加高と を掛け合わせ、(2)関連するエラー見積額を減算して計算します。サンプルを評価した 結果、監査人は、(1)サンプルに含まれていた実際のエラー額、(2)母集団に含まれ るエラー見積額、(3)修正後上限精度(基本的精度と付加的上限精度の合計)を計算し、 母集団に含まれるエラー見積額と修正後上限精度の合計が、最大許容誤謬額と比較し、監 査上受け入れられるものであるかを判断します。
6-8 確率比例サンプリングの評価方法を簡単な設例をあげて説明してください。
A監査人は、売掛金の期末勘定残高に過大計上のないことを確めるため、確率比例サン プリングを利用してサンプルを抽出し、確認手続を実施することに決定しました。最大許
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容誤謬額500,000千円、上限精度360,000千円、信頼度95%、したがって、 サンプル抽出間隔は120,000千円(360,000千円÷信頼係数3)と決定し、 得意先元帳残高を母集団としてサンプルを抽出し、確認状を送付しました。確認手続を実 施した結果、3件について次のような過大計上が発見されました。 得意先 サンプル項目 過大計上額 ――― ――――――――― ――――――― C社 2,000千円 180千円 S社 6,000千円 60千円 Z社 121,000千円 1,000千円
表:サンプルに含まれるエラー見積額の計算
上の例では、基本的精度は360,000千円(120,000千円×3)と計算され ており、サンプル抽出間隔超の項目から発生したエラーは1,000千円であり、上限精 度の増加高は8,760千円でした。
したがって、修正後上限精度は、基本的精度360,000千円と付加的精度8,76
0千円の合計368,760千円となります。
監査人は、サンプル評価の結果を次のように要約することができます。 (1)サンプルには、1,240千円の実際エラーが含まれていました。 (2)母集団に含まれているエラー見積額は13,000千円です。 (3)修正後の上限精度は、368,760千円です。 (4)したがって、母集団である売掛金の期末勘定残高は、381,760千円以上過大 計上されていないことを95%の信頼度で監査することができました。さらに、この額 は、最大許容誤謬額以下であるので、監査上、受け入れられる範囲内のものであると結 論付けることができます。
6-9 確率比例サンプリングの評価の結果、修正後上限精度が予想以上となった場合に、 監査人はどのように対処したらよいですか。
確率比例サンプリングは、母集団に含まれるエラーが比較的小さいと予想できる場合に 適用できるサンプリング手法ですが、監査人の予想に反しエラーの上限が最大許容誤謬額 を超えることとなる場合があります。監査は、修正後の上限精度が適切な範囲でないため、 母集団が最大許容誤謬額以上間違っていないという結論をサンプル結果から得られなくな ります。この場合に考えられることは、(1)サンプルが母集団からの代表項目でなく、 サンプルに片寄りがあった場合、(2)母集団に含まれている実際エラー額がかなり大き い場合の2つが考えられます。
サンプルが母集団の代表項目であるかを判断する1つの手掛りは、エラー項目に特別な 徴候があるかどうかを見分けることです。すなわち、エラー項目が、ある特定の事業部門 とか、製品とか等に関連したものであるかどうかを調査し、その事実が明らかになった場 合には、その部門とか、製品とかに関連した母集団を再調査し、上限精度を再計算します。 確率比例サンプリングは、エラー件数及びエラー金額が増加するに従い、修正後の上限精 度が実際よりも過大に計算される傾向にあります。
サンプル評価の結果、母集団に含まれるエラーがかなり大きいと予想される場合には、 被監査会社に母集団項目の再調査を依頼し、エラー項目訂正後の母集団を利用し、再度、
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確率比例サンプリングを利用し、サンプル抽出を行い、その結果を評価し、修正後の上限 精度を再計算します。この結果のエラー見積額と修正後の上限精度の合計が最大許容誤謬 額と照らし、受け入れられるものであるかを結論付けます。
エラーの頻度と金額の評価に加え、監査人は、エラーの質的側面(すなわち、エラーの 性格及び原因-会計原則適用上のエラー、不正、誤謬、単純な事務的誤謬等)及び他の監 査手続との関連性についても考慮しなければなりません。
6-10 確率比例サンプリングの長所と短所について説明してください。
それぞれの統計サンプリング手法の長所と短所をよく知ることは、監査人の試査目的に 照らし、どの手法が最も効率的に監査目標を達成できるかを決定するためにも必要なこと です。
長所 (1)属性サンプリングは誤謬率によってサンプル結果を評価するが、確率比例サンプリ ングは誤謬の金額による評価がされます。 (2)変数サンプリングに比べ、その適用が容易である。確率比例サンプリングは、属性 サンプリング理論に基づいているため、手計算ないし各種の表を利用して、サンプルの大 きさを計算し、サンプル結果を評価することができます。 (3)確率比例サンプリングは、サンプル項目がその金額に比例して抽出されるので、自 動的に一種の層別サンプリングとなります。したがって、母集団項目の内、金額の大きい 項目はより高い抽出確率を有することになります。 (4)エラー件数が少ないと予想される場合には、理論変数サンプリングに比べ、少ない サンプル数の調査によって監査目的を達成することができます。 (5)サンプル設計が簡単であり、サンプル項目の抽出は、母集団のすべてが集まる前に 開始することができます。
短所 (1)サンプル抽出間隔を一定とすれば、母集団が大きくなるに従いサンプル数が増加し ます。 (2)確率比例サンプリングは、サンプルを抽出するに当たり、母集団項目の金額を加算 していかなければなりません。したがって、母集団項目が多くなると手計算による抽出は、 手間のかかる作業となります。しかしながら、コンピュータを利用することにより、この 問題は解決することができます。 (3)他のサンプリング手法と同様に、過少計上の誤謬に関する問題が解決されていませ ん。したがって、過少計上の有無を調査するためには、サンプル設計に当たり、マイナス 項目を別途調査したり、他の監査手続を追加して実施することが必要となります。 (4)エラーの予想金額が増加するに従い、適量なサンプル数が増加します。この場合に は確率比例サンプルの大きさは、理論変数サンプリングに比べ、大きくなります。 (5)エラーが発見された場合のサンプル評価は、リスク水準を一定とすると、サンプリ ング・リスクの限界を過大に評価する傾向にあり、この結果、本来受け入れられる母集団 を棄却することがあります。
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6-11 確率比例サンプリングの計算例を示してください。
A社は、多種類の機械部品を製造している会社であり、監査人は、期末棚卸資産評価額 の過大計上の有無を検証するため、確率比例サンプリングを適用することに決定しました。 棚卸資産にかかわる内部統制組織は、良好に運用されていることが準拠性テストの結果確 証されたので、監査人は、その内部統制組織及び分析的検証等のその他の監査手続によっ て最大許容誤謬額に等しい誤謬額を発見し損う危険率は、20%であると評価しました。 監査人は、最終危険率を5%と設定し、このため、実証テストに許容できる危険率は、2 5%(0.05/0.2)と計算しました。この結果、実証テストは75%(1-0.2 5)の信頼度で実施されなければならないと決定しました。
さらに、監査人は、A社の財務内容(経常損益、純利益、業績の推移、運転資本、資本、
総資産、売上高等)を総合評価した結果、財務諸表に許容できる最大誤謬額を200,0 00千円と決定しました。
過去の監査経験及び期中監査の結果、棚卸資産には、おおむね20,000千円の過大 計上額が含まれていると予想しました。したがって、設問6-4の誤謬見積額の拡張係数 を用いて、上限精度を175,000千円(200,000千円-(20,000千円× 1.25)と計算しました。また、期末棚卸資産帳簿残高は、5,475,852千円で あり、75%の信頼度に対応する信頼係数は設問6-2から1.39であるので、サンプ ル抽出間隔は125,899千円(175,000千円/1.39)と計算したが、抽出 作業の便宜のため、実際の抽出間隔は120,000千円を用いることに決定しました。 ランダム・スタートは、ランダム表を用いて29,486と決定し、系統的抽出法を利用 し、加算機を利用し、サンプルを抽出することとしました。
以上の条件から、監査人は、次のようなサンプル設計に係わる監査調書を作成しました。
表:確率比例サンプル設計調書
ランダム・スタート及びサンプル抽出間隔120,000千円に基づき、棚卸資産明細 表から、加算機を利用してサンプルを抽出しました。サンプル抽出間隔以上の論理単位は 母集団に含まれていなかったので、46件のサンプルが抽出されました。
46件のサンプルについて調査した結果、4件の論理単位について評価額の過大計上が 発見されたので、監査人は、表6-1を用いて以下のようなサンプル評価表を作成しまし た。 表:確率比例サンプリング評価表
以上の結果、監査人は、75%の信頼度をもって母集団である期末棚卸資産は、190,
571千円以上過大計上されていないことを確証することができ、この額は、最大許容誤 謬額以下であるので、監査上受け入れられるものと結論付けました。 表 6-1 表:表 6-1
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付 録
Ⅰ 採択サンプリング(抜取り検査)の方法
採択サンプリングとは、サンプルの中の誤謬の数が一定数以下の場合には母集団を合格 として、逆に一定数を超える場合には母集団全体を不合格と判定する方法です。例えば、 母集団が10,000枚の売上伝票であるとします。監査人は、100枚のサンプルを検 査し、この中の誤謬伝票の枚数が2枚以下ならば母集団を合格とし、3枚以上の場合には 不合格と判定する方法です。
この方法の利点は、適用のプロセスが極めて容易であり、また、サンプル調査の結果、 自動的に母集団の合格、不合格が判定されるので、改めて母集団の誤謬率の推定のプロセ スを要しないため、推定サンプリングの手数の繁雑さを解決してくれる点にあります。 1.サンプル数と合格判定数の決定
採択サンプリングを適用するためには、まずサンプル数(n)と合格判定数(c)とを
決定する必要があります。 サンプル数と合格判定数の決定の手順は次のとおりです。 (1)危険率を決定します(監査人側危険率、βリスクを決定します。)。 (2)最大許容誤謬率(p1)を見積ります。 表I-1は、危険率5%(監査人側危険率、βリスク5%)における最大許容誤謬率より、 サンプル数と合格判定数とを決定するための数表です。今、最大許容誤謬率を5%とする と、 (a)サンプル数n=100、合格判定数c=1 (b)サンプル数n=150、合格判定数c=2 (c)サンプル数n=200、合格判定数c=4 等のプランを選択することができます。 これらはどのプランを選択した場合でも、次のことが言えるように計算されています。 「サンプルの中の誤謬数が合格判定数以下の場合には、5%の危険率で母集団の誤謬率は 5%以下であると推定できます。」 また、別の表現を用いるならば、 「誤謬率が5%である母集団は、95%の確率で不合格となり、5%の確率で合格と判定 される可能性があります。」 ということがいえます。
しかしながら、この3つのプランはもうひとつの側面で異なった性質をもっています。 それは母集団の誤謬率がかなり小さいとき(例えば、1%)にも、これを不合格と判定し てしまう危険性です。このように母集団の誤謬率が良好であるにもかかわらず、これを不 合格と判定する危険性のことを会社側危険(生産者危険、αリスク)といいます。
今、上記の3つのプランのそれぞれについて、母集団の誤謬率(Pα)1.0%のとき の会社側危険率を計算してみますと、プラン(a)26.4%、プラン(b)7.9%、 プラン(c)0.4%となります。すなわち、プラン(a)ではサンプル数100、合格 判定数1とすると、母集団の誤謬率(p0)1%の母集団は74%の確率で合格となり、 26%の確率で不合格と判定され、母集団の誤謬率(p1)5%の母集団は5%の確率で 合格となり、95%の不合格となる確率があることを意味しています(αリスクは図Ⅰ-
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5のポアソン分布の累積確率曲線を使用して計算できます。)。 表:表 Ⅰ-1 2.計数規準型1回抜取り検査表(JIS Z9002-1956)
計数規準型1回抜取り検査表は、1956年に日本工業標準調査会によって開発された ものであり、日本規格協会で出版販売されています。これはαを5%、βを10%として、 希望するp0、p1の値から必要なサンプル数及び合格判定数を求める表です。この抜取 り検査表は「表1 計数規準型1回抜取り検査表」、「表2 抜取り検査設計補助表 付 図1」n=5から500までのOC曲線及び「付図2 計数1回抜取り検査設計図(α= 0.05、β=0.10)」とからなっています。
ここでは、そのうち計数規準型1回抜取り検査表のみを例示します(表Ⅰ-3)。この 抜取り検査表は品質管理用に開発されたものです。本表を監査に適用する場合の検査手順 は次のとおりです。既に本表では信頼度は90%(監査人側危険率10%)と決定されて います。 (1)最大許容誤謬率(p1)を決めます。例えば、p1を5%とします。 (2)表Ⅰ-3のp1=4,51~5,60の欄を下に見ていくと、(40,0)1(8 0,1)(100,2)(120,3)等の数字が示されています。この最初の数字がサ ンプル数を表し、後の数字が合格判定数を表します。 (3)監査人は、p0の値、すなわち、優良な母集団が不合格となる危険率(αリスクは 5%とされている。)を考慮して、サンプル数と合格判定数とを決定します。例えば、不 良率1%程度の母集団であれば合格させたいと考えるならば、p0 0.901~1.1 2との交差する欄のサンプル数120、合格判定数3を選定します。 (4)抽出されたサンプルを調査し、サンプルの中の不良数から母集団の合格、不合格を 判定します。
本表を使用する場合の注意点は次のとおりです。
(1)監査人が90%以外の信頼度を選びたいとき、この抜取り検査表(表Ⅰ-3)は使 用できません。同時にαリスクが5%以外の値を選定したいときも適用できません。 (2)上記(1)の場合には同表解説の中に示されている“α、βを基にして、npを求 める表”を使用して、希望するα、βの値及びその各々の場合のサンプル数n、合格判定 数Cを決定できます。 (3)p0、p1、nの大きさは一定段階に分割してあるため、与えられたp0、p1の 値より抜取り方式n,Cを求めると、希望した検査特性と若干の差を生ずることがありま す。例えば、p0=4.51~5.60,p1=18.1~22.4の欄の抜取り方式は n=40、c=4ですが、この欄のα、βはα=0.05、β=0.10を中心に大体α =0.03~0.07、β=0.04~0.13の範囲の広がりを持っています。
この最後の点は特に重要であり、監査に適用する場合に注意を要する事項です。監査人 は、自己の危険率を10%として選定したプランが実は危険率13%であったということ には無関心ではいられません。この表を使用する場合にはこの点を十分認識しておかなけ ればなりません。 図 1-2 図:図 Ⅰ-2 表 1-3 表:表 Ⅰ-3
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3.カメロンの抜取り検査表
表Ⅰ-4はカメロンの抜取り検査表の一部を示したものです。この表の特長はβの値1 0%、5%、1%、αの値5%と1%のそれぞれの値におけるサンプル数と合格判定数と を決定することができることです。例えば、先の例でαを5%、βを10%とし、p0を 1%、p1を5%とします。p1/p0=5/1=5であるからα=.05、β=.10 の欄を下に見て最も近い4.890の行のcの値3を選びます。また、そのときのnp0 の値は1,366であるから、 np0=1,366, p0=0.01より 0.01n=1,366 ∴ n=137 サンプル数は137、合格判定数は3となります。表Ⅰ-3のサンプル数120より、カ メロンの抜取り検査表で計算したサンプル数の方が少し多くなります。
この表は前述した“α、βを基にしてnpを求める表”を多少使いやすく配列変えした ものです。したがって、同表の使い方はカメロンの抜取り検査表の使い方とほぼ同様です。 表:表 Ⅰ-4 4.ポアソン分布の累積確率曲線
カメロンの抜取り検査表は、いくつかのα、βの値による必要サンプル数及び合格判定 数を決定できますが、監査人はなおこれ以外のα、βの値の選択を希望することが考えら れます。このように監査人が任意に選択したα、βの値からサンプル数及び合格判定数を 決定するためには、ポアソン分布の累積確率曲線を利用するのが便利です。監査人はこの 累積確率曲線を使ってOC曲線を描くこともできるため、抜取り検査方式の設計にはこの 曲線の利用法を習得すると大変便利です。
累積確率曲線はポアソン分布(注)によって計算されているため、N/n>10の場合 に利用されます。また、この表は無限母集団を前提としているため、母集団が小さい場合 には検査特性に差が生じますが、監査上はこの誤差はより安全サイドに出るため、実務的 には問題にならない場合が多いでしょう。 (注)ポアソン分布の公式 数式:(注)ポアソン分布の公式 ただし、 P(r,np)=サンプルの中にr個の誤謬が含まれる確率 e=2.7182…(自然対数の底) n=サンプル数 p=母集団の誤謬率 r=サンプル中の誤謬数 !=階乗(例4!=4・3・2・1=24) 累積確率曲線によりサンプル数、合格判定数を決定する手順は次のとおりです。 (1)βの値(又は信頼度)を決めます。例えば、β=0.05(信頼度95%)としま す。y軸上の0.05を読みます。この値がβの値を示しています。 (2)y軸上の0.05を横に見ていきますと、曲線c=0、c=1、c=2とそれぞれ 交差する点があります。その交差した点のX軸上の値を読み取ります、×軸上の値がnp を表します。 例えば、c=0 np=3 c=1 np=4.7
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c=2 np=6.2 (3)p1の値(最大許容誤謬率)を決めます。例えば、p1=0.10とします。 (4)p1の値でnpを除します。例えば、 数式:(注)(4) (5)上記より適当に選定したn,cによりα及びp0を求めます。例えば、n=47、 c=1を選定して、その場合のα=0.1、α=0.05のp0の値を求めてみますと、 ① α=(1-β)=0.1したがって、β=0.9すなわちy軸上の0.9を横に見て、 c=1の曲線と交差するnpの値を読み取ります。np=0.53,n=47であるから、 P≒0.01すなわちα=0.1,p0=0.01 ② 同様にα=0.05の場合np=0.36したがって、p0=0,008となります。 (6)監査人は求められたα、p0の値を適当と判断すれば、その場合のn,c及び(α、 P・)(β、p1)により抜取り検査方式が決定されたことになります。また、(5)で 行ったと同様の手順によりp0をαの各々の値について求めると、OC曲線を描くことが できます。 このように累積確率曲線を使えば、監査人は自己の希望する抜取り検査方式をより自由に 設計できます。 図 1-5 図:図 Ⅰ-5 ポアソン分布、不良率がpである無限母集団から抜き取ったn個のサンプル中にC個以下 の不良の起る確率を求めるための図表 5.不合格判定と事後処理
採択サンプリングを採用した場合の実務上の問題は、不合格判定とその事後処理です。 品質管理ではロットが不合格と判定されますと、①全数調査を行う、②購入先へ送り返す、 ③製造ラインヘ送り返す等の方法がとられますが、監査ではこのいずれの方法も適当では ない場合が多いでしょう。それでは不合格判定時の最も実際的な処置はどのようなもので しょうか。監査人は不合格となった取引の重要性と不合格判定の意味を十分理解し、おお むね次のような手続を採用すべきでしょう。 (1)推定サンプリングの方法を用いて母集団の誤謬率の上限を推定します。 (2)サンプル中の誤謬の内容を検討し、必要な訂正を行うよう会社に求めます。 (3)追加サンプルを抽出し、再度判定を行います。 (4)財務諸表項目の監査の方法、範囲、時期等を必要に応じて変更します。 (5)内部統制の改善勧告を行います。
まず、第1の手順は推定サンプリングの方法を用いて、不合格となった母集団の上限を 推定することです。採択サンプリングは、母集団があらかじめ決定された最大許容誤謬率 以上の誤謬率を含んでいることを示してはいますが、その上限値を示してくれるものでは ありません。例えば、監査人が最大許容誤謬率を5%と決定したとします。母集団の誤謬 率の上限値は7%であるため、不合格の判定が下されました。しかし、監査人は発見され た誤謬の重要性から判断して、7%の誤謬率でも問題ないと判断するかもしれないのです。 第2の手順はサンプル中の誤謬の内容を検討し、必要な訂正を行うことです。例えば、 支払伝票の承認が原則どおり実施されていなかったとします。監査人はこの旨を会社に示 し、必要な事後処理を求めることができます。また、売上伝票の集計作業が新しい不慣れ な担当者によって行われたため、多くの計算誤りを含んでいたとします。監査人はこの担
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当者の処理した売上伝票について、会社に必要な訂正を行うよう求めることができます。 第3の手順は追加サンプルを抽出し、再度判定を実施することです。この手順は特に第 2の手順の後で実施されると有効ですがサンプル数が小さいサンプリング・プランで判定 を行った場合には、先の例でも示したように優良な母集団でもかなり高い確率で不合格と 判定される可能性があるため、直ちにこの手順に入ることも考えられます。
例えば、先の例でサンプル数100、合格判定数1としてサンプル調査を行ったところ、
サンプルの中の誤謬数が2となり母集団は不合格と判定されました。したがって、監査人 は更に60の追加サンプルを抽出し、サンプル数160、合格判定数3として抜取り検査 を続行します。
第4の手順は、取引記録の監査の過程で発見された誤謬の内容に応じて、財務諸表項目 の監査の時期や方法、範囲を変更することです。内部統制の準拠性の調査の目的は、監査 人が会社の内部統制にどの程度依存できるかを判定することにあります。不合格となった 母集団について監査人が上記の手続を行った後も、なお満足する状態に至らないと判断し た場合には、財務諸表項目の監査において試査の範囲を相当程度拡大する必要があります。 6.採択サンプリングと監査適用上の諸問題(アーキンの批判)
採択サンプリングを監査に適用する場合の問題点について、ハーバート・アーキンの見 解を紹介しておきましょう。アーキンの批判は品質管理用に開発された抜取り検査表を、 そのまま監査に適用することに対する警告であると思われます。したがって、監査のため に採択サンプリングを適用する場合には、これらの諸点について十分配慮することが必要 でしょう。 (1)品質管理上の抜取り検査は、一定期間の一連のロットに継続して適用されるのに対 して、監査における抜取り検査は各監査のたびに1回適用されるだけです。 (2)品質管理上の抜取り検査は購入部品(原料、素材等)の中の特別に不良なロットを 棄却することであり、通常の不良率を含むロットや、少数の特別に不良なロットを受け入 れることは仕方がないとされています。品質管理上はこのような危険度をあらかじめ経済 計算できますし、また、品質管理の目的は多くのロットについて平均的に一定水準の品質 を保てば良いのです。 (3)合格、不合格を判定するための誤謬率を品質管理上は一定率として物理的(長さ、 重さ、厚み)に明確に決定できますが、監査上の最大許容誤謬率は発見された誤謬の内容 や金額に応じて判断を異にし、一定率として明確に示しがたいのです。 (4)監査の目的は内部統制の有効性の程度を評価することにあり、母集団を一定の基準 に基づき、合格、不合格に判別することではありません。 (5)品質管理上は許容誤謬率の決定に基づくロットの棄却や危険度を、経済計算するこ とができます。したがって、検査費用とロット棄却のコスト等を勘案して、最も経済的と 判断される誤謬率の選択を行うことができますが、監査ではそのような経済計算を行って、 サンプル数や合格判定数を決定することはできません。 (6)品質管理用の抜取り検査表は、通常αリスクを5%、βリスクを10%として作成 されていますが、この方式は必ずしも監査人の要求と一致するものではありません。ハー バート・アーキンはこのような理由から、監査における採択サンプリングの適用性に疑問 を示しているのです。 7.採択サンプリングの実用性
品質管理用の採択サンプリングの方法を直ちに監査に適用することは、アーキンの批判
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のとおり、いくつかの問題点を有することは否定できません。しかしながら、採択サンプ リングの簡便さは、統計サンプリングを監査の実務に広く適用したいと思う場合に、捨て がたい利点であることも事実です。また、抜取り検査表から求められるサンプル数の大き さは、大規模な母集団だけでなく、比較的小さな母集団にも適用できる点も実務上重要な 要件です。
筆者の見解では、採択サンプリングも状況に応じては極めて有効な方法となり得るもの です。したがって、採択サンプリングに対する批判は、むしろサンプリング・プランの選 択及び設計の良否の問題として理解すべきでしょう。統計サンプリングはただこれを機械 的に適用するだけでは有効であるとは言えません。状況に最も適合したサンプリング・プ ランが選択され設計されてこそ、真に有効な方法となり得るのです。
一般に採択サンプリングは、監査人が母集団の誤謬率を推定することよりも、内部統制 が有効に運用されていることを確かめること、すなわち管理状況にあることを確かめたい ときに採用される方法であると言えましょう。監査に採択サンプリングを適用する場合に は、初めから合格となることを期待して行われる場合が多いのです。したがって、会社の 内部統制がそれほど良好でない場合やあらかじめある程度の高い誤謬率が予想されるよう な状況では、推定サンプリングを採用すべきでしょう。
Ⅱ 監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」(Audit Sampling) の概要
1.監査基準書第39号「監査におけるサンプリング」(Audit Sampling の適用範囲
米国公認会計士協会は11981年6月「監査におけるサンプリング」(Audit S ampling)と題する監査基準書(Statement on Auditing S tandards、以下略して「SAS」という。)第39号を採択しました。 この基準書は、監査人がサンプリングを計画し、実施し、評価する場合の基準を提供する ものであり、取引や勘定残高の性質を判定するために、当該取引や勘定残高をサンプリン グ(全数より少ない範囲で監査手続が実施されること)により監査する場合に適用されま す。しかしながら、上記以外の理由により試査が行われる場合(例えば、(a)特定企業 の事業の性格を理解したり、(b)内部統制の構造を理解する目的等で、数件の取引が監 査される場合)には適用されません。 2.統計サンプリングと非統計サンプリング
サンプリングには、統計サンプリングと非統計サンプリングとがあります。SAS第3 9号は、この双方に同等に適用されます。基準書は、どちらの方法によっても、それが適 切に適用されさえすれば、必要な監査証拠を入手し、監査目的を達成することができると しています。 3.最終リスク(Ultimate risk)
監査がサンプリングによって行われる場合には、ある範囲の不確実性が含まれることに なります。この不確実性を最終リスク(Ultimate risk)と呼びます。最終 リスクは財務諸表の作成までに至る会計プロセスの中で、重要なエラー(materia l errors:重要な誤謬と不正)が発生する危険率と、監査の過程でこれらのエラ ーが見過される危険率とからなります。監査人は、第1リスク(the first r
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isk)すなわち、前者の危険率を減少させるために、内部統制の評価を行い、準拠性の テスト(compliance tests)を行います。同様に、第2リスク(the second risk)すなわち、後者の危険率を減少させるために、実証テストを
行います。 4.実証テストの計画
監査人が、実証テストをサンプリングにより行う場合には、監査意見に影響を与えるこ ととなる財務諸表の重要な誤謬又は虚偽表示の金額を、あらかじめ決定しておかなければ なりません。この金額を最大許容誤謬額(tolerable error)と呼びます。 監査人が、サンプリングを適用する場合でも、取引や勘定残高のうち、ある種の項目(例 えば、一定金額以上)については、サンプリングによらずに、全件監査を行う(残りの項 目についてはサンプリングによる。)ことが適当である場合があります。サンプルは当該 母集団を代表すると期待できる方法により抽出されなければなりません。
すなわち、当該母集団に含まれるすべての項目が等しい確率で抽出されなければなりま
せん。 5.サンプリング結果の判定(実証テスト)
監査人は、サンプリングの結果発見された誤謬額から、母集団に含まれる誤謬額を推算
しなければなりません。
例えば、監査人は1,000件の母集団から、全体の1/20に相当する50件をサン プリングした結果、サンプルの中に3,000円の過大計上を発見したとします。監査人 は母集団の中にも同様の比率で過大計上があるものとして、母集団の過大計上額を下記の とおり推算することができます。 3,000円/50件×1,000件=60,000円……(1)
しかしながら、監査人は推算の結果が最大許容誤謬額以下である場合でも、母集団の真 の誤謬額は、最大許容誤謬額を超過している可能性があることを考慮しなければなりませ ん。例えば、母集団が100万円である場合に、最大許容誤謬額が5万円であると決定さ れたとします。サンプリングの結果、推算された母集団の見積誤謬額が1万円であったと します。このような場合には、監査人は母集団の真の誤謬額が最大許容誤謬額を超過して いる確率は小さいと判断して、これを受け入れることができます。
しかしながら、推算された母集団の見積誤謬額が最大許容誤謬額に近接している場合(例 えば、4.9万円であった場合)には、監査人は、母集団の真の誤謬額が、最大許容誤謬 額を超過している確率が大きいため、これを受け入れることはできないとの結論を下すこ とが妥当であるかもしれません。 6.準拠性テスト(Compliance tests of internal ac counting controls)の計画
準拠性テストのうち、職務分担や文書化されない事項のテストには、一般にサンプリン グは適用されません。準拠性テストのうち、サンプリングが適用されるのは、文書化され た監査証跡が残されるものです。
準拠性テストについて、サンプリングを計画する場合には、監査人は最大許容誤謬率(t olerable rate)をあらかじめ決定しなければなりません。最大許容誤謬率 とは、実際の会計処理が予定されたコントロール手続から離脱している割合をいい、この ような誤謬率のうち、監査人が監査計画を変更することなく許容できると判断した最大の 誤謬率をいいます。
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SAS第39号は、当該コントロール手続に監査人が依存する割合が高い場合(sub stantial reliance)には、最大許容誤謬率を5%以下に設定すること が適当であり、依存する割合が低い場合には10%程度に設定することが妥当であろうと しています。 7.サンプリング結果の判定(準拠性テスト)
サンプルは当該母集団を代表すると期待できる方法により抽出されなければなりませ ん。言い換えるならば、当該母集団に含まれるすべての項目が等しい確率で抽出されるよ う計画することが必要です。
サンプルの誤謬率は、当該母集団の誤謬率の最良の見積りとなります。しかしながら、 監査人は、サンプリングの結果、母集団の誤謬率の推算値が最大許容誤謬率以下である場 合でも、母集団の真の誤謬率は最大許容誤謬率以上である可能性もあることを考慮する必 要があります。
サンプリングの結果、当該コントロール手続が予定された信頼度に達しないとの結論に
到達した場合には、監査人は計画した実証テストを変更しなければなりません。 8.SAS第39号の背景にある理論モデル
SAS第39号の付録には、最終リスクと監査範囲に関する興味深い理論モデルが示さ れています。理論モデルの原型は以下のとおりです。これを仮に最終リスク・モデルと呼 ぶことにします。 UR=IC×AR×TD………(2) UR:監査終了時に未発見で残る誤謬額が、最大許容誤謬額以上となる危険率。すなわち、 最終リスク(Ultimate risk)の略号である。 IC:監査人の依存するコントロール手続が、最大許容誤謬額以上の誤謬を未発見のまま 残す危険率 AR:分析的検討(analytical review procedures)によ って未発見で残る誤謬額が最大許容誤謬額以上となる危険率 TD:実証テスト(substative test of details)によって 未発見で残る誤謬額が、最大許容語謬額以上となる危険率ただし、危険率とは信頼度の反 対概念であり、これを式で示すと次のような関係となります。 危険率=1-信頼度………(3) 信頼度=1-危険率………(4) 最終リスク・モデルは、これを次のとおり変形することができます。これを仮に実証テス ト・モデルと呼ぶことにします。 TD=UR/(IC×AR)………(5) 9.実証テスト・モデルの使用法
実証テスト・モデルの意義をより明瞭に御理解いただくために、以下に計算例を示しま
す。 〔例示1〕 (条件)(1)監査人は、最終リスクを5%以下にする計画です。UR=0.05(5%) (2)内部統制手続には依存しません(危険率は100%)。IC=1.00(100%) (3)分析的検討による危険率は50%以下と見積られます。AR=0.5(50%) (問題)上記の場合、監査人はTDのリスクを何%以下にするよう実証テストを計画する ことが必要ですか。
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(回答)0.05/(1.00×0.5)=0.1 すなわち、実証テストの危険率を10%以下にするよう監査を計画することが必要です。 言い換えるならば、実証テストの信頼度が90%以上となるよう監査範囲を決定する必要 があります。 〔例示2〕 (条件)(1)監査人は最終リスクを5%以下にする計画です。 UR=0.05(5%) (2)内部統制手続に依存した場合の危険率は10%以下です。 IC=0.1(10%) (3)分析的検討による危険率は50%以下と見積られます。AR=0.5(50%) (問題)上記の場合、監査人はTDのリスクを何%以下にするよう実証テストを計画する ことが必要ですか。 (回答)0.05/(0.1×0.5)=1.00 実証テストの危険率が100%であっても、最終リスクを5%以下にすることができます。 言い換えるならば、実証テストを行わなくても監査人は最終リスクを5%以下とすること ができます。 10.統計サンプリングに関する米国公認会計士協会の見解
統計サンプリングの利点は、監査人にとって、
① 有効なサンプルの抽出 ② 監査範囲が十分であるか否かの判断 ③ サンプリング結果の合理的な判定が可能となります。したがって、監査人は統計サン プリングを採用することにより、監査の危険率を計数化することが可能となります。 一方、統計サンプリングの欠点は、 ① 監査人の教育訓練に時間が必要であり、 ② 統計理論上の基準に合ったサンプリング・プランを設計し、サンプル抽出する必要が あるための時間が必要であることです。
監査人は統計サンプリングによっても、非統計サンプリングによっても監査目的を達成 できるので、与えられた状況の下で、その効果と費用を勘案し、いずれか適当と考えられ る方法を選択することができます。 11.適用日
この基準書は、1982年6月25日以降に終了する事業年度から適用されますが、そ
れ以前に適用することが望ましいとしています。
・ 本研究文書(2022 年 10 月 13 日改正)は、次の公表物の公表に伴う修正を反映してい
る。 - 保証業務実務指針(序)「保証業務実務指針及び専門業務実務指針並びに関連する公
表物の体系及び用語」(2022 年7月 21 日公表)
以 上
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